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such is life
帰る勇気のための一杯
2018年05月18日
テーマ:読書
かつては、仕事帰りに、独りバーカウンターでスコッチを飲んだ。
バーの風景は、映画や小説の世界では、ニューヨークを舞台にしたものが、人間臭くて、会話もぬきんでて、おもしろい。
登場人物がアーティストやモノ書き、私立探偵といった自由業的な人が多いためだろうか、それぞれが口達者でやりとりも愉快である。
余談だが、私立探偵のフィリップ・マーローが活躍する舞台はロスで、ハードボイルド派のマイク・ハマーはNYである。
ピート・ハミルの『ニューヨーク・スケッチブック』は文字どおり、NYの「人間スケッチ」がテーマの短編集で、このなかには、バーを舞台にした人間模様が、哀しく愉快に描かれている。
いつも独りで直立したままウイスキーを小気味よく喉にほうり込んでいる無口な元海兵隊士官、美しい手をもった元ボクサー、高音をできるだけ伸ばし、苦しくなると低音に切り替えて自己流のアレンジで歌う「フランク・シナトラになりたい」歌手志望の男。
彼らを相手にしたバーテンダーは気分がよいと注文がなくても、お客の前に「お代わりを置き、カウンターを軽く叩いた」。その分は店のおごりだ、という合図である。
一般的に、客たちは個人的な悩みを、家族や会社の同僚よりもバーテンダーに打ち明けることが多いという。
こうした男のひとりがバーテンダーに愚痴る歌がある。
「One for my Baby」
その日最後の一杯(仕舞い酒)という常套句、
「One for the Road」にひっかけた言葉。
午前3時15分前、彼女にふられた男がバーテンダーに、オレの話が終わったら、最後の一杯をつくってくれという。
一杯はあの娘のために、
もう一杯は家に帰る勇気をつけるために。
いや、あしたのためにもう一杯、だろうか。
バーでおいしいお酒を飲んでいると、「あの娘」がいなくてもこうした気分になる。
One More「One for the Road」
ピート・ハミル『ニューヨーク・スケッチブック』(河出文庫)
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