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such is life
機内の男
2018年05月26日
テーマ:ある日のこと
バンコクに向かう飛行機の隣に座った男は「闘魚」を見に行くのだという。
闘魚というのは聞くと、金を賭けて闘争性のある魚「ベタ」の雄同士を闘わせるもので、博打としてもおもしろいが、
男の場合は、美しい肢体をもつ魚に惚れた。
ベタは5から10センチのちいさなもので、黄青色や紅青色の艶かしい光沢をもつ。
ベタの面構えがいいと、男はいう。
男は頭にバンダナを巻いてTシャツにジーンズと若づくりだが、褐色に日焼けした顔が笑うと皺が縦横に走るが、どこか侠気の香りがする。
40を過ぎて単身バンコクに通う男は、もちろんビジネスマンは別であるが、
ときおり野卑な表情をみせる。
小金を持って一攫千金、妄大な夢を少しづつ食い散らかしている男であったり、
バンコクの女に肝までも抜かれた愚図であったり、
蟻の糞ほどのチャンスを口先一つで金にしようとしている軟派であったりと、
誰もが哀しいほど威勢がよい。
ところがこの男はちょと違っていた。
男はバンコクまでおよそ6時間のフライトの大半を、闘魚の話で埋め尽くした。
男が語ったのは、ベタを愛でにバンコクに行く、ということだけであった。
男はぼくにも、日本のどこから来てバンコクに何しに行くのか、
何を生業にしているのか、バンコクでどこか愉快なところはないか、
どころか、何一つ、名前すら聞かなかった。
ぼくは聞かれもしなかったが、自分から名乗った。
男は柿田ですと、ちいさくこたえた。
この当時ぼくは、雑文を書くために年に何回かタイに通っていた。
アポをとって仕事をしていたわけではないので、自由な時間はたっぷりあった。
それに、タイの寺院や水上マーケットやら屋台やらの雑文に少々あきあきとしていた。
柿田さん、闘魚を見に連れていってくれませんか?
行きましょうか。
(次回は「闘魚」などをテーマにしたいと思います)
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