such is life

カニのような女 

2018年05月17日 ナビトモブログ記事
テーマ:such is life

志賀直哉の『暗夜行路』の一節には、女のことを形容して、

どこか遠い北の海でとれたカニを思わせるようなところがあった、とあった。

これを読んだのはたしか、中学生のときで、生まれ育った横浜の海しか知らないものだから、

カニのような女とはどんな女なのだろうと考えたのだが、まったくの手がかりがなかった。

その描写のうしろには賛嘆がこめられついるらしい気配があるので、

中学生は名作を読みながら、遠い北の海でとれたカニというのはどんな味がするのだろうと考えたり、

それに、そんな味のする女とはどんなことなのだろうかと考えたりして頭が困惑したのをおぼえている。

そもそも、カニといえば、海浜の小カニや沢ガニ、カニ缶詰を知っていたぐらいであるし、

「オンナ」となると母親が女であるとわかっているくらいで、

その「女」は、腕白な兄を、泣いて謝っても許さず、ボコボコしているくらいだから、

手を振り上げているときに、そのよこへいって、

ねぇ、母さん、遠い北の海でとれたカニを思わせるようなところがある女って、どんな女のこと?などと聞こうものなら、

振り上げた手は、ませたことをいうもんじゃない、いま忙しいんだからと、拳はきっとこっちへ飛んでくるにちがいない。

そんなもんだから、志賀直哉の比喩は「北の海」と「カニ」と「女」の三極に分解したまま、漂い続けた。

そのうちに、北の海のカニを口にできるようになり、食べるたびに、この比喩のことを思い出す。

あるとき、その機会がやってきた。

冬の日本海の波が激しく窓を叩く漁師宿で、とれたての松葉ガニを食べたのである。

大きな脚をとりあげて、殻をパチンと音をたてて割ると、なかからいよいよ肉がでてくる。

それは白く豊満で、恥ずかしそうに清淡なあぶらがとろりとのり、

肉をかぶりつくように頬張ると、ほんのり甘い滋味が、やわらかい海の果汁が口いっぱいにひろがる。

これに、さらりと澄みきった辛口の地酒をすすると、

謎の半ばは我が手に落ちた、ときめたいところであるが、

じつは、滋味と地酒の虜になってしまい、「女」のことなどは一滴も考えないのである。

これを女のようだといった志賀直哉は、偉大な作家というべきであろう。



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つちのえさん

suchさん

おっしゃるように、北のカニというとタラバガニでしょうね。志賀直哉は石巻生まれなので、日本海の松葉ガニはないでしょうね。個人的にはカニは食べる手間がかかるので酒の邪魔になり、あまり好みません。

2018/05/17 09:23:24

甲殻類

つちのえさん

女性としては
甲殻類に例えられるのは微妙ですが(笑)
遠い北の国というのはタラバガニでしょうか。
ズワイガニは
手足もすっきり長く
気品と優雅さも感じさせ
甘みがたっぷりで
その旨味は人を虜にしますね。
中味を知れば魅了される女性のことでしょうか。
そんな女性になりたいですね。

2018/05/17 08:13:25

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