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such is life
かぐわしい恋
2018年05月19日
テーマ:読書
サマセット・モームは40歳のころ、体調をくずし、静養をかねて南太平洋の島々をはじめて訪れた。
モームは、濃厚な甘さをただよわせる熱帯の空気にインスピレーションを得て、後にいわゆる「南太平洋もの」とよばれる数々作品を生み出す。
モームはこの地に生きる人々を「人類でもっともかぐわしい容貌をもつ」と表現している。
珊瑚礁に砕ける波の音をききながら、作家が描きあげた物語には、美しい恋の話も多い。
「この二人の若者、そうだ、女は十六、男は二十だった。彼らは一目で恋に落ちてしまったのだ。これこそ本当の恋というものだった」(モーム著『赤毛』)
『赤毛』は、島の娘と海の彼方からやってきた西洋の男との恋の物語。
むくげの花の情熱的な美しさを放ち、背が高く、すんなりとして、黒い髪は背中まで波打ち、大きな二つの目はまるで清水たたえた木陰の泉のよう。
男はギリシア彫刻のアポロ像のように端正な容姿で、なめらかな肌をしていた。
エデンの園のように美しい場所で語られる。この世のものとは思えない恋の物語である。
モームが『月と六ペンス』の主人公のモデルとした画家ゴーギャンは、『赤毛』のような恋物語を地でいった。
ゴーギャンはタヒチで、まだ十三になるかならないかのタヒチの美少女、背が高く、金色の肌をもち、花束のように美しい娘と、ママゴトのような所帯をもつ。
南太平洋は、文明に疲れた男たちに、ひとときの夢を見せる媚薬を秘めているのだろうか。
サマセット・モーム『雨・赤毛』(新潮文庫「モーム短編集」)
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