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恥を知りなさい 

2018年05月25日 ナビトモブログ記事
テーマ:such is life

新聞をにぎわしている官僚の不祥事をみて二つのことを考えた。

一つは、子どものころに大人から教わったことが砕かれたこと。

知人が法事でお寺さんにお布施を包んだ。

ところがお寺さんは、お布施の金額が不満で、知人へじかに言わず、石屋さんにいわせた。

その知人は仰天した。

お寺さんというのはお金のことはいわないものだと、子どもころからそう思いこんできたので、肝をつぶした。

お寺さんだってお金はほしいだろうが、それでは人に笑われると思い、むかしは我慢してきたのだろう。

同じように、お役所やお役人はウソをつかないと、子どものから思いこんできたのできたので、戸惑っている。

もう一つは、「恥」についてである。

むかしは、不祥事を起こして、たとえば笑われることは恥ずかしいことであった。

三菱の創業者、岩崎弥太郎の借金の証文はすばらしいものであった。

貸したのは旧大名家で、

借りた岩崎の証文は、いついつに返済する、と書き、もしこのことに違(たが)えば、お笑いください、とあるのみであった。

「お笑いください」というのは、明治以前の証文の一つの型であった。

笑われることは恥かしいことで、借金の証文にするほど屈辱であったのだろう。

これはおそらく、日本人独特の「恥の文化」というもので、日本の民族資産の一つではないだろうかと考える。

しかし残念なことに、この恥の文化はちかごろ、薄れてきたように思う。

嘘を言ったり約束を違えたりするお役人などは「恥ずかしい」ことで、明治、それ以前であれば、みっともなくて、外も歩けなかったはずである。

このことを考えていると、日本人であることが嫌になることもある。



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