日暮れて道は遠し

透明水彩という道具 

2013年12月14日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

透明水彩絵の具は不思議な道具です。微妙な色合いを、異なる絵の具を使って、無限ともいえる段階で混色できます。その可能性はとても大きいと感じています。でも改まって、色を混ぜるとはどういうことなのかを考えてみると不思議な感覚に襲われます。青色の絵の具と、黄色い絵の具をまぜていくと、なぜ緑色に見えるのか。最初から緑色をした絵の具とは何がちがうのか、それとも同じなのか・・・混色の方法には、いろいろな方法がありますが、水彩絵の具をつかった混色は、並置混合とか呼ばれる方法です。このやり方は、混ぜたい色同士を接近させて並べておく方法です。それはどういうことでしょうか。具体的には、色が塗られたところを顕微鏡のように拡大すると、水彩紙の上に青色の顔料粒子がまばらに、ばら撒かれている図になります。ところどころに青色に感じる顔料が乗っているイメージです。この図は平面図です。水彩紙の上に青い顔料が、ぱらぱらとばら撒かれた状態です。けっして紙全部を、顔料を覆っているわけではありません。画面の大部分は、水彩紙の表面が見えているのです。(ちなみに、紙の表面を覆いつくすほど、顔料の粒子が粗いものを「ガッシュ」あるいは不透明水彩と呼びます。)横から断面を見ると、こんな感じになります。水彩紙の上に、顔料の粒がところどころのっています。水彩絵の具の場合は、展開材としてアラビアゴムが使用されているのが一般的ですので、顔料の粒は、アラビアゴムの膜で固定されているわけです。青色に塗った水彩紙を見るとき、ほとんどは水彩紙の白を見ていることになります。(水彩画が明るい理由です)さて次は、混色の様子です。こちらの図が、青色を塗り、その後黄色を塗ったときの水彩紙表面の状態です。お気づきと思いますが、相変わらずほとんどが紙の表面が露出している状態で、それぞれの顔料は紙の上にパラパラとばら撒かれた状態なのです。顔料の粒子の大きさは、一概には言えませんが、10ミクロン(0.01mm)とか20ミクロンとか言われています。人間の目ではその粒子の形はみえません。人間に見えるためには、200ミクロン(0.2mm)以上の大きさが必要です。横から見ると、こんな断面になっています。200ミクロン以下の粒子が見えないのに、目は顔料の色を感じることが出来ます。目に光が到達すれば、その色を感じるというわけです。ということは、青色の顔料から反射する光と黄色の顔料から反射する光の両方を目では受け取るということです。並置混合とは、それぞれの顔料が別々に発している光を並列で受け取り、人間の目の方は、それらを分離できずに、いっしょに感じます。不思議なことですが、人間の感覚としては、青色顔料の光と黄色顔料の光をいっしょに受け取ると、別の色、つまり緑っぽい色として認識するのです。光の色は、光の持つ波長と関連しているのですが、それぞれの純粋な色は、それぞれの固有の波長を持っています。緑色の波長の光がないのにもかかわらず、青色と黄色で、緑に感じるのは、まあ不思議です。余談ですが、パソコンやTVのディスプレーもこの並置混合のやりかたでいろいろな色を表現しています。画面を虫眼鏡で拡大するとそれぞれの基本色の色が見えてくると思います。それを実験してみましょう。下の図は、黄色い台紙に、小さな青い四角をたくさん並べたものです。図の左側は、それぞれの色がまだ独立して区別できると思います。ここで使用した青色は、最初の図に使った青と同じ色です。黄色も同様です。しかし見たところ、最初の図で使った青色には見えなくて、緑っぽい色に感じていることと思います。右側は縮小した図形ですが、こちらになるとあかるい緑っぽい色にしか感じません。この粒々の大きさが200ミクロン以下になってしまうと一様に緑色だと認識してしまうのです。水彩画では、このような混色を自由に複雑につかって重ねていきます。複雑な色彩なのに、明るい色になっているのはこのような理由からです。にほんブログ村

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