日暮れて道は遠し

混色の不思議 

2015年07月23日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


水彩画を描くとき、絵の具のチューブの色をそのまま使うことは少なくて、たいていは複数の色を混ぜるということが多いと思います。たとえば、青系の絵の具と黄色系(あるいは朱色系)の絵の具を混ぜることで、自然な草のような緑色が作れます。緑色の絵の具を使う以外に、混色によっても緑色が表現できます。何気なくやっていることですが、よく考えるとこれは不思議です。下の画像は、その一例です。(1)緑色の絵の具を紙にのせるのと、紙の上には  「緑色の顔料」があるわけです。(画像の下の色)(2)いっぽう、青色の顔料と黄色の顔料をまぜて紙の上に   のせたときには、紙の上にあるのは、  「青色の顔料」と「黄色の顔料」であって、   緑色の顔料とはちがう物質がのっているわけです。  (画像の上半分。青と黄色の混色)上はコバルトブルーとウィンザーイエローの混色下はオリーブグリーンの色(1)と(2)は、顔料がことなるのに、知覚としては、おなじ色となり区別ができないのです。+++デジタル機器に使われているディスプレーは、液晶画面でできていて、液晶が発光している色の数は、たった3つしかありません。RGBと呼んでいますが、赤(R)、緑(G)、青(B)です。たった3色しか使っていませんが、総天然色(古い!死語?)の画像が出現しているのです。3種類しか色の刺激がないのに、人間には総天然色(!?)に感じる。やはり不思議なことです。この理由には、人間の色覚の仕組みが関わっています。人間の眼には、色を感じる細胞が3種類しかないのです。これを合成してさまざまな色を脳で感じているということです。もし、この世界に存在する何万というそれぞれの色合いに対応して、それを知覚する色細胞が別々にあるとすると、どれだけの細胞を用意しなければならないでしょうか。何万種類の色を感じる細胞が、網膜上の各点に、敷き詰められている構造は、ちょっと非現実的で想像しにくいです。生物は、最小の単位や構成で、複雑なことをやってのけるようです。ということで、色を感じる細胞が、3種しかないのですから、この3種の細胞に与えられる色の刺激の強さの組み合わせしか、人間には知覚できないわけです。色を表すコードの方式が、いくつかありますが、いずれも基本的に独立な変数は、3つだけです。図の上の青と黄色の混色による色の刺激も、下の緑色の色の刺激も、人間の眼が受け取る刺激の値としては、まったく同じということになります。原理的に、人間の目にはまったく差が生じないのです。にほんブログ村

>>元の記事・続きはこちら(外部のサイトに移動します)





この記事はナビトモではコメントを受け付けておりません

PR





掲載されている画像

    もっと見る

上部へ