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教えられるブログ2

忘年登山の準備 

2016年12月22日 ナビトモブログ記事
テーマ:山歩きと登山

待ちに待った忘年登山が明日に迫った。

此の忘年登山と決めたのは同級生と初めて
塔ノ岳に連れて行って貰ったのが最初で最後の登山でした。

彼が山の楽しさ、歩きの疲れるだるさも教わった。

丹沢山塊の一つ、塔ノ岳は誰もが上がる人気の山です。

しかし大倉登山口から暫く歩くと土留めの枕木の階段が
上まで続いています。

なので人はバカ尾根と呼ぶ。

呆れるほど有る。

景色も1200m越えないと景色は無くひたすら階段と
対峙しながら足を上げるのです。

疲れる登りだから塔ノ岳に着いた時の開放感は別格。

天候が悪くともやっと上がっても初めてならこんなキツイ場所に
登ってくるんだと思うでしょう。

二度目なら今日は恵まれた天気に富士山のサプライスと
やっぱ此処だね登るのはと感傷にふけるのだ。

でも何時上がっても疲れるのは同じです。

今日は簡単に上がれた何てあり得ませんね。

息切れしながら到着するんで数回上がれば爽快感は
有ります。

同級生は山岳会員に所属で活躍してた若い時代が
有ったので自分にも山の楽しみを教えたくこの山に
導いてくれたのです。

自分の行動では丹沢には登らず別の山で登山してたので
行き成り塔ノ岳では有りません。

なので足の疲れは出ましたが翌日までには左程
引きずらずに済みました。

同級生と一泊となり塔ノ岳で宴会と成ったのです。
ザックに手前料理を詰めて背負って来たのでした。

自分はおにぎりと水にバナナが入ってた。
重さは全部で6kg有ったかでしたが相方は
10kgと重く感じた。

その時相方は鎖骨骨折で治療一週間後でした。
鎖骨骨折で10kg背負って上がったのは
歩き始めて直に訴えて来た、俺 骨折れてんだと言ったのです。

そのな体で自分を呼んだのです。

明日塔に行くぞっ!!

の連絡が入り調子のって参加したのだった。

辛そうに上がる足は直ぐに足は止まり休憩が頻繁に
起こりました。

夕暮れに塔ノ岳に到着でした。

登山開始は西山林道から鍋割山に上がり
オーナーの草野さんに写真を上げる為に
額入りを持って来たのです。
肩が痛いのに荷物は重いし手には額縁を
持って上がる恰好は大丈夫かと言うより外に無かった。

その会話で自分が持って居た。

草野さんとは花立山荘を立ち上げた時からの知り合いで
頻繁に行き来してたと聞く。

小屋番してても客が来ないと尊仏山荘へ酒飲みに出かけたりしてたとも言う。

豪快か相方だった、クラス会にも顔を出す中学時代からの友。

在る暮れの時一緒に登山でもとそして忘年登山をしようと
話掛けて来たのがきっかけです。

その翌年も行こうと話は付いてたが連絡が繋がらずに新年を向かえてた。

何処かの山に行ってたのかと疑ったが何も得られず仕舞い。

三が日あけて七草も過ぎる、此処で相手から電話が入ったのです。

自分が余りにも電話を掛けてたもので気に成り返事がやっと掛かって来ました。

其れは本人からでは無かった。

子供からです。

どちら様ですかと開口一番この答えでした。

同級の〇〇ですと言うとそうでしたか。

山相手してくれたその人でしたか。

親父亡くなりましたと驚きの返事が電話口から
聞こえて来た、信じられない答え。

体調を壊したか、一人で静かに眠るように
旅立った様だ。

葬儀は田舎で行ったと言うので里帰り時に
墓参りと考えてた。

新年早々肩を落とす気持ちでした。

丹沢、塔ノ岳に一緒に行けない、何だよ・・・・

ぼやいても仕方ない。

雪解けの四月に入り丹沢登山を開始した。

単独の歩きは寂しい物でした。

時間が自然と解決する、尊仏山荘、鍋割山に報告に
歩いた。草野さん、花井さんもがっかりしてました。

本来残念登山なのでしょうが自分は彼との登山を
忘れる事は無い、この為に忘年登山?と名前は付くが
決して忘れる一年では有りませんが単独で登ったり
友人を連れて行ったりです。

明日は二人です、同級生では有りませんが。

一泊登山なのでゆっくり上がる計画で
楽しむ景気も有るかと思ってます。



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忘年登山

れんげしょうまさん

山の楽しさを教えてくれた友と、気持ちは今でも
一緒に歩いている気分なのでしょうか

彼も、もっとたくさん一緒に行きたかったことでしょうね

2016/12/23 20:18:00

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