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尺八と横笛吹きの独り言

山形大黒舞・・・・・(大黒舞) 

2017年02月19日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

●山形大黒舞がおさらい会での候補曲にお出ましだ。
さあさあ大変だ……長い歌詞。とにかく譜面を整理しないといけない。

●こんな衣装で、変装してね・・・・・鈴の音に座が一瞬にぎやかになりまする。
 写真は次から転載しました。
http://solehomeyoshihara.seesaa.net/article/269539336.html


●「大黒舞」(山形)歌詞

《さあさ儲け出した 儲け出した 何がさてまた 儲け出した

この家の旦那様 お心良しで 商売繁盛で 儲け出した
七十五軒の 蔵を建て 今年しゃ豊年 よい年柄よ
陸作田作も 万作で 稲を刈って みたれば
十万八千 刈ったとや 四束三把で 五斗八升
俵立てておき 桝も入らずに 箕ではかる
米を積んで みたれば 七万俵 お旦那様も お喜び
町も在郷も 賑やかだよ 納まるところは 何よりも 目出度いとナ》



●大黒舞

正月になると、村に大黒舞いがやってくる。頭巾をかぶり、はっぴにたっつ

け袴をはき、右手に小槌、左手に日の丸扇を持って、めでたい口上を述べる。
この風習は全国的なもので、めでたづくしの文句を、ほとんど節のない地口風
の語りで進めていく。西村山郡河北町高島に住む斎藤力夫は、村山地方の「大
黒舞い」を唄っていた。これを大泉さだよが覚え、節回しを改良。昭和24
(1949)5年ごろ、「大泉節」を作りあげた。これが県下に広がって「山形大黒
舞い」となった。
http://www.1134.com/min-you/02/k0601.shtml

●山形大黒舞
もともと「大黒舞」と言って、山形の冠名をされていなかったが、各地で大黒舞が唄われるようになったので、区別するために地名を付したものである。山形県下でも大黒舞は十三、四を数えるくらい多く、それを代表するのが川北町の村山大黒舞(谷地)である。大黒舞は三味線や太鼓に合わせ、掛け声も勇ましくにぎやかに舞い始める。 

 大黒舞は演技のよい祝儀唄として、人の集まる祭礼や婚礼、お正月には必ず唄い踊られる。大黒舞は室町時代(1300〜1500年頃)以降他の芸能に吸収されながら続き、地方に古い形を残しながら土着したものとみられる。山形の大黒舞は東北各県の大黒舞た俵積み唄、福俵などの源流とみられる。唄は前口上をピリリとしめて、座の気分を整えてから唄に入る。
(日本民謡撰集 日本民謡協会より抜粋)

            
 
●本格的な衣装ですね。
写真は次から転載しました。
http://sado-chiiki-okoshi.blog.jp/archives/1009597213.html
●大黒舞の服装
頭は大黒頭巾、法被(はっぴ)、たっつけ袴、右手に小槌(こづち)、左手に日の丸のついた扇をもつ。この服装をした祝福芸人は家々の門口で、その家の家内安全、商売繁盛を祈って踊りながら唄う。
(民謡のこころ 東研出版 竹内 勉 著 より抜粋)

●唄い方
万才が変化した唄なので、俗にいうツッコミ側の唄い手とボケ側の「唄い手になる。ツッコミ側は「めでたいめでたい」の羅列で、ボケ側をおだてあげます。ですからどちらも同じ調子で唄ったのでは、この唄はおもしろくありません。ツッコミの立場とボケの唄い方と両方を頭にいれて唄うことが大切である。
(日本民謡おさらい教本 上巻 東日本 フジオロクホン)

この山形大黒舞の尺八都山譜を現在作成中だ。
長い歌詞です。一度琴古流で作った譜面を河童さん符面などを参考にして、都山譜に直しています。
そのうちに、譜面をアップしてみます。

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