ひなたぼっこ

余命の選択 

2016年11月27日 ナビトモブログ記事
テーマ:徒然に

義父はもうすぐ90歳を迎えます。

これまでの大きい病気と言えば、60歳を過ぎた頃に人間ドックで早期胃癌が見つかり、胃の四分の三を切除したこと。
術後は抗癌治療もなく食事も普通に食べられるようになり健康体を取り戻しました。でも、これには秘話があり、表向きの病名は胃潰瘍となっています。(癌告知の是非が問われた頃でした)

その後の健康は良好で、趣味の写真撮影に出かけると、早朝から夜遅くまで帰ってこないことも珍しくない程でした。
ところが、去年の11月、撮影会の途中で具合が悪くなり大変な思いで帰宅したとのことでした。
珍しく、義母を連れての撮影会、後で思えば、本人に不安があったのかも知れません。

検査で、大腸癌が見つかり、上行結腸と横行結腸を切除、医師からは抗癌治療は行わない方が良いと言われました。術後1ヵ月程で退院、体調も戻り、ホッとしたのも束の間で、今度は突然歩けなくなってしまいました。
運動を司る神経付近に癌が転移し、脳を圧迫したことが原因でした。

脳腫瘍には最少限の放射線治療で退院、リハビリの甲斐があり、歩行できるまでに回復しました。
大きな病院は、治療が終わるとすぐに退院しなければならず、後の介護をどうするか、いろいろ迷い悩んだ末、ホスピスを選びました。

ホスピスは、死を目前にした人の身体や心の苦しみを緩和する目的でつくられた病院。
本人と家族の理解・同意がなければ入れてもらえないので、いろいろな葛藤がありましたが、今年6月に決断しました。

とても静かで、個別の部屋は住居並みに整っています。治療が目的ではないので、他者に迷惑がかからなければ好きなことをして過ごせます(喫煙、飲酒も可)。家族の面会は24時間自由、ペットも連れて行けます。家族が宿泊できる部屋や家族風呂もあります。併設の病院では、リハビリや、癌以外の治療にはすぐに対応していただけ、外出、外泊もできます。

この病院のことは、私の友人の話で知りました。
友人は、7年前に余命半年と宣告され、最後はここと決めていると・・・
52歳で癌を患い、7年間の闘病・・

7月に、仲の良かった友だち数人で彼女を見舞い (驚いたのは、彼女の部屋が義父の隣だったこと)、懐かしい話しに花が咲きました。
その後面会謝絶になり、二週間後ここで静かに亡くなりました。私の初孫の出産予定日に(予定日より早く産まれましたが)。

私には
「○○ちゃん、働き過ぎ! もっと遊んで楽しみや〜」
いつも明るくて人気者だった友人は、最後まで最高の笑顔で
「でも、いつも羨ましかった」 と・・

枕元には想い出の詰まったアルバムが置かれていました。
彼女からのメッセージが、今も深く突き刺さったままです。



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素敵な友人、不思議なご縁でした

ひなたさん

つちのえさん こんばんは

彼女のお葬式は家族葬だったのですが、ビックリするほど大勢がお別れに来られたようでした。

目を閉じればいまも変わらず、笑顔とエールが聞こえてきそうなんですよ。

2016/11/27 21:09:39

素敵なお友達は一生の宝物

つちのえさん

素敵なご友人です。
余命半年でその後7年間生きられたって凄いですね!
人間、7年後にどうなっているかなんて誰にもわからないもの。
お辛かったでしょうが、生きる悲喜こもごもを味合われた中身の濃い人生だったのではないでしょうか。

2016/11/27 19:00:47

寂しいです

ひなたさん

村雨さん 有り難うございます。

友人の死はとても辛く寂しいです。命の宣告からも、前向きに治療を受けて授かった7年の日々。あちこちへ出かけては友だちができたと、はしゃいでいました。仕事で、なかなかお付き合いできませんでしたが、九州新幹線が開通したときに、彼女の故郷へ案内してくれた最高のおもてなしは、一生忘れられない想い出となりました。「病気なんて関係ないよ。どのように過ごすかだよー・・」と言いたかったのかも知れません。彼女からは今も多くのことを教えられているような気がします。

2016/11/27 13:41:24

明るい人ほど

さん

早く逝ってしまうかもしれませんね。
中学時代の4人組、一番賑やかで明るかった人が、ずいぶん前に他界しました。
残りの3人でも十分楽しいのですが、みんな故障を抱えるようになりました。
お友だちのご冥福を心からお祈りします。お力落としのないように。

2016/11/27 13:06:25

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