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教えられるブログ2
水の流れに沿って歩く
2016年10月19日
テーマ:散策&ウオーキング
月一回の開催、のんびりウォークが暑い期間を外して再び開始され真夏日の気温の下歩いて来ました。
今回は水ウォークとして玉川上水を下る道で歴史を感じ取る分も取り入れてコースを作ったようです。
昔の話は続きます、羽村堰に歩きます。東京の母なる川を目の前にし、玉川兄弟が作った玉川上水の始まり羽村堰に着きました。散策コースと50km歩行の起点にも示されてます。
此処から水は緩やかに流れ出すのですが、昔の時代は今の水量では足りず
数倍の勢いで流れていたようです。
水の取り入れは多摩川なのです、江戸時代に築いた生活用水は羽村市から
始まる総延長43kmの長い道のりが有ります。
1653年江戸への供給水として当時は四谷まで引かれた。多摩川から分岐され羽村堰がスタートとなります。
春には桜の花の下で楽しめる唯一の場所です、自分も二十歳代にこの場所で仲間と花見をしたことが今でも思い出せる場所です。
スタートとした羽村駅からですが、今回は水に関わる場所を訪ね当時の面影を見ながらと歩くのでした。駅前に五ノ神社が祀られています。
境内に入って目にするのは、まいまいず井戸がある。まいまいとは”カタツムリ”の事、その当時は井戸を掘る技術は乏しくあり傾斜を円を描く様に
道を付けて掘り下げて行った為渦巻状からカタツムリ昔の呼び名まいまいと名前が付いたのです。
今の井戸掘りは有名なのが上総掘りでしょうか、海外派遣隊では無いがある人がこの様式で水の乏しい国で助けて居ます。
駅から反対に行ったので戻って駅舎の中を通って川の方向に向かいます。
水とは関係は有りませんが、禅林寺に立ち寄りました。
思いがけない有名人の菩提寺だったのです。つい最近登った大菩薩ですが
その名前を広げた「中里介山」の墓にお参りが出来ました。
この地羽村では有名なのは元より剣豪机竜之介を主とした大菩薩峠は余りにも有名な小説でした、未完のまま没してしまったが山に上がれば記憶が
蘇るチャンバラシーンが浮かびます。
歩きは上水に沿ってます。加美上水公園に着きました。此処では江戸の昔に掘った跡を辿りながら歩けました。改修工事をへて現在のながれになったようです。
お昼時となり公園に立ち寄りました。
名前からして変わってます「水喰土公園」と有ります。何でこの名前?
でもわかりますよ。堀り削って進んだ工事ですがこの地だけは如何して
水が流れて行かず土に浸みこみしてしまう?と嘆いた事が有った。
と言うわけでこの名前が残ったのです。
この様な場所も最短で水を流したいと計画されたようですが、時には岩盤
水の浸みこみなどに悩まされ羽村から四谷大木戸の高低差は92mと非常に低く難工事だったようですが、8か月で素工事を済ませ水を流したとされる。
43kmを8ケ月ですよ、物凄い努力の末と思えます。高い所から低い場所へ流す事は簡単ですが、場所に依っては高低が逆に成ったりはと思ってしまう。
立川に入ると昭和記念公園近くに残堀川が流れてます。この川とクロスするように玉川上水がある。その交差する場所を見ますと、上水側は一時深く掘られ残堀川の下を潜って川を越えて再び上に上がる工事で流れを止めずに成っていた。
サイホンの原理と言えばそうなんだと思うが今こうして昔の水道道を歩いて感じる事は多いです。大切の生活水をいち早く江戸へ流す玉川兄弟の努力は素晴らしく感じて歩いた一日でした。
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