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尺八と横笛吹きの独り言

エンヤラヤーノあんこさんに わしゃア迷うた。 

2015年04月09日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

●大島アンコ節
本日は「大島アンコ節」のお話し・・・・
きりりとした顔、あんこまきの髪の毛、椿油のにおい、黒々とした黒髪・・・・
・・・・エンヤラヤーノあんこさんに わしゃア迷うた・・・・エキゾチックなムードがある。
顔を見ますと・・・・一瞬迷うな・・・・わしゃア迷うた。何に迷うのでしょう?

2013年10月に発生した土石流災害で39人が死亡・行方不明となった。この記憶もまだ新しい。 



大島アンコ節写真 転載致しました。
http://blogs.yahoo.co.jp/yskaiblog/11274382.html

●歌詞
様々な歌詞があるが、音源は下記のものを唄っている。


ソラ エンヤラヤノヤー
ハ エンヤラヤノ あんこさんに わしゃ迷うた
エー 東京大島は 針金だより
エンヤラヤノヤー ソラ
主とわたしは文だより


 エンヤラヤノヤー
ハ エンヤラヤノ あんこさんに わしゃ迷うた
エー わしが思うこと 字に書いたならば
エンヤラヤノヤー ソラ
一丈紙にも 書きあまる


ソラ エンヤラヤノヤー
ハ エンヤラヤノ あんこさんに わしゃ迷うた
エー 東京行くなら 言伝たのむ
エンヤラヤノヤー ソラ
達者(まめ)でいるよと 言うておくれ

http://www.yachaa.net/Traditional/anko_bushi/anko_bushi.htmより転載しました。

大島は何度か足を運んでいます。
教員時代の1年の移動教室で大島セミナーハウスにいきましたっけ。
大学時代や個人旅行でも何度か行っている。
大島の牛乳が濃くてヨーグルトのようだったことを思い出す。
大島は亡くなった父親が大島に近い神津島(こうずしま)で砂防関係の仕事で地方公務員として働いたところだ。オヤジがこの大島アンコ節や大島節を良く唄っていたなあ・・・・

 
●これは大島アンコ節の採譜だ。
この唄はぜひ持ち唄にしたいものだ。
今度の「おさらい会」で唄う方がおられるので河童さん譜面をみながら、一部修正を加えて音源に合わせた。
音源は7寸の女性歌手。
覚えやすい唄で、イイ唄だ。
島の香りがする。
♪ハ エンヤラヤノ あんこさんに わしゃ迷うた・・・・

●「あんこ節」(東京)

《東京 大島は 針金便り 主と私は 文便り》

あんこは、姉コがなまって「あんこ」になったもの。当初には「エンヤラヤ」
と呼ばれ、長崎県の鯨漁の艪漕ぎ唄が大島化したものである。「エンヤラヤ」
は、石川県能登方面で酒造り職人をしていた通称・杜氏さんと呼ばれる老人が、
大島の岡田へ伝えた。昭和に入り、地元の芸妓置屋の主人・白井米造がこれを
「あんこ節」と改名。「エンヤラヤ」は、九州平戸や博多方面で三味線唄とな
り、その後、全国に広まる。山形県では「最上川舟唄」の追分部分になり、北
海道では「江差追分」の前唄になったりしている。

◎大島 りきK30X-219(87) COCF-9308(91)

●大島アンコ節
この唄は、伊豆大島元町の花柳界で唄われた騒ぎ唄である。もとは長崎県の平戸沖で鯨をもりで付いて捕る刃刺しの漁師達が、舟を漕ぐときにうたった櫓漕ぎ唄「エンヤラ」である。それが平戸あたりの花柳界の酒盛り唄となり各地の湊へ伝えられた。大正10年頃、伊豆大島へ渡ってきた能登の杜氏が大島岡田に伝え、元町の芸者置屋の主人白井米造が曲名を「あんこ節」と改め、地元元町の芸者大島キリがうたい広めたものである。
(日本の民謡 秋田・みんよう企画より抜粋)


 
●デニーズ定点観測の巻
独り言・・・・ブツブツ
孫来る・コストコまでの運転手・孫帰る・運転手・孫の入浴補助・孫を児童館に連れていく・・・・大変だ・・・・すべて無料だ。無償の親の愛というやつだね。
●演奏会尺八練習
みずうみの詩・古今の調べ・花笠スケルツオ・竹吹く・本曲「春の光」・組曲 きたぐに
4月11日(土)は午前中に荻窪・江戸先生の稽古場で下合わせ、午後は東中野で本曲。尺八曲の下合わせだ。
10月11日(日)多摩幹部演奏会の通知が来ました。また公民館勤務とぶっつかっている。
またお仲間の誰かさんと勤務を交代してもらわねばならない。頭が痛い。
9/5(日)と9/26(日)がその為の下合わせになる。これも頭が痛い。
コーヒーを飲みながら・・・・手帳を見ながら自分だけの作戦会議だ。


●中橋の桜はすでに散り始めています・・・・
娘と孫をつれて近所の中橋の桜を見に行きました。
天気も良し・・・・最高。あっという間に散ってしまう。
様々な人が散策している。
土手には高校の同窓会らしきオジサン達が宴会をしている。
暖かな日でした。

 
●ウオーリーを探せ
この絵の中にウオーリーが一人います。どこでしょう?
孫を児童館に連れていきまして、爺ちゃんは「ウオーリーを探せ」の本をじっと見ていました。一応は孫の監督をしながらウオーリーを探しました。
スグ探せるページはありましたが、30分も探してもウオーリがいないページがありました。・・・・どこだどこだ??真剣だ。
雨模様の日で春休み、小学生や3歳児4歳児、乳児で足の踏み場もない混雑。
様々なお母さん、お婆ちゃん、そしてお爺ちゃん・・・・どこも自宅では自由に遊ばせられない。なかなかいい児童館だ。
幼稚園のお友達二人に会いました。我が娘ともママ友らしい方にご挨拶。
「娘がいつもお世話になります」・・・・みなさん子育てで大変だ。
孫は興奮・・・・よく遊んでいる。
ところでウオーリーはまだ見つからない。4時30分まで頑張った(ウオーリを探した)。

●ウオーリを探せ
1987年にイギリス人イラストレーター、マーティン・ハンドフォードによってイギリスで出版された絵本。同じ年に日本でも発売され、有名になった。日本版の版元はフレーベル館。シリーズ名は『ウォーリーのえほん』。人が入り乱れた絵の中からウォーリーや仲間たち、巻物などを見つけ出す。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

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