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朱鷺の“人生七転び八起き”

生きる。をコントロールしない。 

2013年12月18日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

過去の投影として今現在を見ている。
ということを過去で生きるという。

それと、現在進行しているものごとを、
リアルタイムで見ていない
ということがあります。


つまり思考は、終わったものを
「こういうことが起きた」
というふうにしか見れないもの。


ものごとの瞬間には、立ち会えない
仕組みがあります。


思考は常に遅れてくる。
そして、こういうことが起きた。
というふうに、説明しているのです。
ほんの0.何秒の誤差。ではあるが。


それでは、今現在のことに、
瞬間瞬間対処しているのは、
何者でしょうか? となりまして。


ちゃんと物事に対してあるように、
なるように、対処されているのに、
思考は「後から」失敗しそうだとか成功するとか
これは損になるとか得になるとか、正しい間違いだと、
やっているのです。


そこで、実際に起きていることと、
自分の認識に当然ズレが起きます。
このズレが、思い込みや、独りよがりの元。

では、どう生きたらいいのか〜ですが。
過去の事でも未来の事にしても、
判断をいれて見ないこと。です。


過去にあった事は、
あるべくしてあったこと、
起きるべくして起きた事なんです。


いっさい、間違っていない。
それが理解されると、
いまに生きることになります。
いまは否定されない。
これからもすべて肯定されるものです。


・・・そこで。そうであり。
どこにも問題は無い。
問題は起きてこない。。なのです。


それが開放された生。であり、
最初にある自由です。

おきて来ることを、一切、オッケーと受け取る。
という行為に転じると、案外「困った」ということがない。
どこからか助けが来たりするんです。
それこそ、思っても見なかったことが、展開します。

そこが、成り行きのまま流されて生きると
「つまらない生」というのとは、まったく別の、
任せて生きる。となるのです。

現象それ自体が見せてくれるものを、
ワクワクして、いきいきとして・・・。

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