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「吉田沙保里選手を鍛えあげた人」 

2013年10月09日 ナビトモブログ記事
テーマ:人生

 人の考え方は、人生の実体験の中で試行錯誤を経ながら、培われていく。そして、永年の実体験で培われ続けた結果として、その人の信念となる。

 青森県は、伝統的に格闘技が盛んである。相撲、柔道、空手、レスリングなど。

 レスリングは、青森県の右半分というか、太平洋側の南部地方が昔から盛んな地域である。

 今、レスリングの歴史を振り返るとき、一人の信念の人に目が行く。
 
 その人は、吉田栄勝(えいかつ)さん、青森県八戸市出身の61歳。

 吉田さんは、八戸電波工業高校(現在の八戸工業大学第一高校)時代にレスリングを始めた。
 高校を卒業し、八戸を離れた。専修大学経済学部に入学後は、フリースタイル57?級の選手として、専修大学レスリング部の黄金時代を築いた。
 
 現役時代の主な戦績は、いずれも、1973年、21歳の時に、全日本レスリング選手権で優勝、レスリング世界選手権で4位、アジアレスリング選手権で銀メダルに輝いている。立派なものだ。

 吉田さんのレスリングスタイルは、強靭な足腰を武器としてディフェンスを固めたうえで、カウンターで相手の隙を突いてポイントを挙げるやり方であったという。

 そのやり方で、1976年のモントリオールオリンピックの代表を目指したものの、オリンピック代表選考会で敗れた。翌1977年、25歳の時に、現役を引退している。

 高校時代から10年間をかけたレスリング選手としての実体験の結果、吉田さんは、レスリングは、ディフェンス重視ではなく、攻撃型でないと勝てないということを悟った。

 おそらく、初めから攻撃型でやっておれば、と一瞬思ったことだろう。

 しかし、人の考え方は、人生の実体験の中で試行錯誤を経ながら、培われていくものだ。永年の実体験を経たからこそ、揺るぎない信念となる。

 現役選手が引退時に到達した信念は、自分が選手として実践することはできない。しかし、指導者として、選手に教え込むことはできる。

 だから、人生は面白い。

 吉田さんは、大学卒業後、八戸には帰らず、三重県職員として就職した。なぜ三重県かは分からない。

 が、昭和50年、1975年、吉田さんが23歳の時に、国民体育大会が三重県で開催されている。
 昭和の時代、国体開催県が総合優勝するのは、至上命令だった。そのため、ポイントゲッターの有力選手が国体開催県の職員として就職するのは、普通に行われた。
 もちろん、国体が終わっても、ずうっと、開催県の職員として勤めることができる。

 吉田さんは、当時、バリバリの現役レスリング選手だったから、おそらく、吉田さんもその口だろう。

 しかし、人生って面白い。

 今度はなぜか。というのは、昭和50年の三重国体開催のわずか2年後、昭和52年に青森国体が開催されているのだ。
 だから、吉田さんが国体開催の青森県職員として就職することだって大いにあり得た話だ。

 人生って面白いなあ。


 吉田さんは、三重県の自宅で子どもたち相手のレスリング道場を開いた。吉田さんが教え込んだのは、タックルを中心とした徹底的な攻撃型レスリングである。

 子どもたちが攻撃型レスリングをした結果、負けても、褒めた。
 子どもたちが勝っても、攻撃型レスリングをしなかったときは、雷を落とした。

 レスリングは、ディフェンス重視ではなく、攻撃型でないと勝てない。吉田さんが到達した信念だ。

 吉田さんの信念を物の見事に実践してくれた人がいる。

 その人は、吉田さんが熱望しながらも果せなかったオリンピック出場を果たしてくれただけでなく、ど偉いことを次々と成し遂げた。しかも、それがまだ現在進行形で続いているのだ。

 その人は、吉田さんの娘さんの吉田沙保里選手。吉田さんは、彼女を見事に鍛えあげていた。

 先日ハンガリーのブダペストで開かれたレスリングの世界選手権。去る9月19日の大会4日目に、女子55キロ級で吉田沙保里選手は、11連覇を達成した。
 2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドンと3連覇したオリンピックと合わせた世界大会連覇を14に伸ばした。これは、男女を通じて前人未到の最多記録の吉田沙保里選手自らによる更新である。
 吉田沙保里選手は、昨年9月に前人未到の世界大会13連覇を達成し、11月には国民栄誉賞を受賞していることも記憶に新しい。


 昨年、ロンドンオリンピックが終わり、国民栄誉賞を受賞した後、吉田栄勝(えいかつ)さんと吉田沙保里選手は、中学校に凱旋報告に行った。全校生徒からの万雷の拍手を浴びた。

 どこの中学校へかって。三重県の吉田沙保里選手の出身中学校ではないよ。

 行ったのは、青森県八戸市の吉田栄勝(えいかつ)さんの出身中学校だ。八戸市立湊中学校へ行ったのだ。

 なぜ出身高校でなく、出身中学校なのか、言い出しっぺが吉田栄勝(えいかつ)さんなのか誰なのか、等々詳しいことは私には分からない。
 
 しかし、お父さんは、よほど嬉しかったろうし、吉田沙保里選手は、お父さん思いの心優しい女の子だ。実にいい親子である。



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