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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 (三百六十九) 

2023年06月28日 外部ブログ記事
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 昨日までの小夜子ならば、「そんなこと、あたしには関係ないわ」と、席を立つところだ。しかしいまは、妊婦のはなしを聞きたくてならない。ささいなことも、一言一句聞きもらすものかと身構える小夜子だ。これから出産までの内に小夜子をおそうであろう事柄を、とにかく知っておきたいのだ。「つわりって、どんなでした? お食事は、しっかり取れるでしょうか? 好みが変わるって、ほんとですか?」。ことばの端々をつかまえては、立てつづけに聞いた。
「ハハハ。つわりはねえ、人それぞれだと言うねえ。ひどい人もいれば、軽い人もいる。あたしの場合は、その中間ぐらいだったかねえ。ま、辛いといえば辛いし、そうでもないといえばそうでもないし。食事にしたって、そうさ。食べたい時に食べればいいのさ。食べたい時に食べたいものを食べる。気にしないことだね、何ごとも。ケセラセラだよ、なるようにしかならないしね」 快活に笑いとばすその妊婦が、小夜子にはまぶしく見えた。
「そうですか、人それぞれですか、そうですか……」。およそ小夜子とは思えぬ、気弱な声で言う。がっくりと肩を落として、いまにもくずれおちそうな風体を見せている。「大丈夫だって! どんなにひどいつわりでも、ここの先生にまかせれば大丈夫よ。きちんと手当てしてくれるから」「そうですか? お薬かなにか、出していただけるのでしょうね」「ハハハ。心配性だね、あんたも。大丈夫、大丈夫。みんなそれを乗り切って、お母さんになっていくんだから。楽しちゃいけない。多少の苦しみはあじあわなくちゃ。そうでなきゃ、母親としての覚悟ができないじゃないか。ま、母親になるための儀式だと思いなさい」と、受け合わない。
 その夜、武蔵の帰りを待ちわびる小夜子だが、なかなか武蔵は帰って来ない。「遅いわねえ、武蔵は。会社はもう出たのよね? 千勢、千勢。旦那さまはたしかに一時間もまえに、会社を出られたのよね? 朝、なにか言ってた? 寄り道するとか、なんとか」イライラする気持ちをおさえきれずに、千勢に当り散らしてしまう。身を小さくしながら、千勢が答える。「はい。会社に電話しましたら、六時過ぎに会社を出られたと聞きました。朝ですか? とくには、なにも。いつものように『行ってくるぞ』とだけでした」
「もう! どうして起こしてくれなかったの! 旦那さまのおむかえをしない妻なんて、いないでしょうに!」「もうしわけありません。旦那さまが『起こさなくていい』とおっしゃるものですから。さくばんのごようすを旦那さまにお話しましたら、すごくご心配されていました。『疲れているんだから休ませてやれ』とおっしゃられまして」 台所の床で正座をして、ただただ小夜子の怒りがおさまるのを待った。ただ今日の怒りようは、これまでのようなヒステリックな怒声ではなかった。ことばこそきつめではあるけれども、勢いがよわいと感じる千勢だった。なにかしらおなかをかばうような、弱い声だと感じた。

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