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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜(百四十九) 

2021年10月19日 外部ブログ記事
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 奥方が退室すると、正三を隣に呼び寄せての小声になった。
「あの嘉代は、元次官の娘だ。しかし権藤の奴、どこでどう手を回したのか大蔵省次官の娘を娶りよった。
大蔵と言えば省の中の省だ。何とか代議士を頼って運動してみたが、やはり負けた。
元次官には申し訳がない、まったく。嘉代はそのことについてひと言も不平不満を言わん。
しかし不憫でな、次官の娘として育ったのに」

 一点を見つめる源之助、苦渋に満ちた表情の源之助、初めて見る叔父の、生の姿だった。
「いいか、正三。男は、仕事で名を成さねばならん。そして名誉ある地位に就かねばならん。
由緒ある佐伯家の跡取として、恥じぬ地位にな。
その為にも、嫁は厳選せねばならん。心配はいらん、私が見つけてやる」
 やっと正三に、話が見えてきた。

“小夜子さんのことか? お父さんから話が来たんだな。
冗談じゃない! 僕の伴侶は、小夜子さん以外にはありえない”
「話はそれだけだ。今夜は夕食を用意してある。外食ばかりでは身体に悪い。
そうだな、週に三回は来なさい。しっかりと栄養を摂らないと、身体に悪い。
身体がこわれると、心が死んでしまう。心身という言葉があるのは、そういうことだ。分かったな」

 頭を垂れて拳を膝の上でしっかりと握る正三の姿に「得心がいったか」と声をかけ、部屋を出るように手を振った。
しかし正三の心底では、源之助に対する不満、いや憤怒の気持ちが渦巻いている。
“冗談じゃない。家が、家がなんて、戦前の話じゃないか。
天皇陛下ですら人間宣言をされたこの時代に、いつまで家長制度にしがみつかれているんだ。
ぼくは絶対に諦めない。なんとしても小夜子さんを嫁にもらう。
そして幸せになるんだ”。口には出せない思いを、握りしめる拳の中に閉じ込める正三だった。

 正三が辞してから1時間ほど経ったときだ。
源之助はゆったりとした気分で葉巻をくゆらせている。
ひと仕事終えた後のように、充足感にどっぷりと浸かっている。
「あなた、橘家さんからお電話です」
 奥方のどこか険のある声が、廊下から聞こえる。
喘息持ちの奥方には、葉巻の煙は厳禁だ。
「みねから、だと?」。自宅への電話など初めてのことだ。何か良からぬことかと気が急く。

「どうした?」
「申し訳ございません」
「うん、よろしくない」
 奥方が聞き耳を立てているであろうことを意識しての受け答えだ。
「実は、正三坊ちゃまがお見えになっております」
「正三が? 一人か?」
「はい、お一人でございます。何だかお疲れのようで、『酒!』とひと言なんでこざいます」

「そうか…、相当に堪えたようだな。分かった。今夜はしこたま飲ませてやってくれ。
そうだ、先夜の芸者を呼んでやってくれんか。
いや、遅くでかまわんさ。遅いほうが良かろう。
で、明日はゆっくり寝かせてやってくれ。役所は欠勤させる。
お前の機転で連絡したとかでも言ってやってくれ。
少し荒れるかもしれんな。ま、よろしく頼む」

 受話器を置くと、すぐに奥方が飛んできた。
「正三さん、大丈夫でしょうね。大事な預かりものなのですから。やはり、お泊めしたほうが宜しかったかしら」
「いや、これでいい。橘の方がいい。今夜はしこたま酔って、全てを洗い流せばいい」
「少し可哀相な気もしますね、正三さん」
「何を言うか! あんな竹田の分家如きの娘なぞ、話にならん!」
 更に言いたげな奥方だったが、源之助の剣幕に押された。
“そうね。役所で出世するには、どうしても、ね。
でもどんな娘さんなのかしら、正三さんがこれほどに惚れ込むなんて”

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