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私家版・日豪の比較文化人類学 〜群れから抜け出した羊が見たもの〜
それでもテロは終わらない
2011年05月05日
テーマ:テーマ無し
一昨昨日(2011年5月2日)午後、中部空港着の便で短い滞在のソウルから帰って来て、アルカイダのオサマ・ビンラディンがアメリカの特殊部隊などによって殺害されたニュースに驚きました。私の帰国が一日遅れていたら空港でひどい目に遭っていたかも知れません。私は口ひげを生やしていて一見アラブ風。「ただ者ではない」容貌をしているためか空港のセキュリティ・チェックでは必ずと言って良いほど引っ掛かるからです。
アメリカではおよそ3000人が死亡した9・11の同時テロ以来、10年にわたって続いてきたテロとの戦いの終息への期待に多くの国民がビンラディン殺害を歓迎し安堵したようです。同時に、オバマ大統領のメッセージにもあったように、これで全てが終わったのではなく、更なるテロに備えなければならないという不安も重たくのしかかったに違いありません。
アメリカ及び同盟の各国、イスラム過激派の圧力に手を焼いている国々はビンラディン殺害を歓迎し祝意さえ発していますが、パキスタンでのこの「作戦」の実行は果たして正当な理由、権利を持っていたのでしょうか。私は国際法など詳しくは知りませんが、どこか割り切れない印象を持ちます。それは例えて言うと、日本国内で数十人を殺した稀に見る凶悪犯が外国に逃亡したとして、日本の警察がその国に無断で居場所を突き止め急襲し、丸腰のその犯人を射殺することと同じだからです。
確かに、私個人としてもビンラディンを殺害すること自体に反対する気はありません。それどころか、ビンラディンの首を何十、何百と切り落としてもまだ足りないとは思います。問題は、このような「作戦」が当然のこととしてほぼ何の疑問もなく、国家の意思として行われ、それを正当化するアメリカの独善性なのです。
アメリカと中東諸国、イスラム原理主義派との闘争の歴史・背景は複雑過ぎて概観することさえ困難ですが、基本的にはパレスチナ人を追い出して建国したイスラエルとアラブ。それにイスラエルを盲目的に支持するアメリカの構図が第1点。石油確保をめぐるイラク、イランとアメリカの紛争が第2点。イスラム急進派のタリバンと結び付いたビンラディンとアメリカの対立が第3点と整理することができると思います。そして、何が「テロの時代・憎しみの連鎖」を生んだかと言えば、そのアメリカの独善性そのものであったと指摘しても間違ってはいないでしょう。
多くの人々が感じているように、オサマ・ビンラディンを殺害したことによってテロの時代が終わりを告げることはないでしょう。彼一人を殺害してもイスラム原理主義の人々の信条までコントロールすることは不可能だし、仮にそれが可能だと思うのなら思い上がりもはなはだしいからです。自分だけに都合の良い正義などありはしないのです。
幸い、チュニジアに始まりエジプトやリビアなどに広がっている民主化要求の潮流は、現在複雑に絡み合い、憎しみ合っているアメリカ・西欧とイスラム文化圏とのよりを戻す絶好の機会だと思うのです。適切で公正な援助の手を差し伸べ、健全な国を築くことを手伝うことによって互いに信頼できる関係が生まれると思うのです。
あと一つだけ。これは決してキリスト教とイスラム教の対立ではありませんが、どこかにその障害があるのなら神道、仏教の国日本が何らかの形で仲介することも考えるべきでしょう。政府レベルでも宗教家レベルでもかまいません。
でも、中東問題を包括的に理解し、国際関係に熟達し、調整能力に長け、人格的にも尊敬でき、英語とアラビア語ともう一つフランス語くらいを自由に駆使し、苦労をいとわない……人はいないでしょうか。
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