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北軽井沢 虹の街 爽やかな風
小説その31
2016年07月15日
テーマ:テーマ無し
疲労困憊して帰宅した爽太だったが、仕事はまだ始まったばかり、千恵子に弱気は見せたくなかった。爽太は、大きく足をひろげて定植の仕方をジェスチャーたっぷりに説明し、ジョークを交えてその様子を再現した。何も知らない千恵子は笑いながら喜んだ。まさか爽太がトウモロコシを植えるなんて想像もしなかったことだが、こんなに喜んでいる爽太を見てほっとしたに違いなかった。
それから爽太は連絡があるたびに出かけていき、トウモロコシを植えた。5月は3回、6月は7回、7月に3回、合計13回トウモロコシだけでなく、キュウリやレタスも植えた。6月になると梅雨に入り、雨の日もあった。中之条町から始まった定植作業は、嬬恋村に移り徐々に標高の高い場所へと移動していった。6か所か7か所大きな畑があったが、そのほとんどは社長が借りた畑だった。ある日、社長の息子と定植作業をしていたとき、「浅間さん、もっと早く植えてもらわないと・・・」息子は不機嫌な顔で言う。
爽太は懸命に頑張った。育苗箱の128苗を植えるのに最初は一時間以上かかっていたが、50分くらいで完了するようになり、形もだんだんと様になってきた。それからしばらくして、爽太は一人で定植を任されるようになっていった。いつの間にか梅雨も上がり、炎天下での定植作業は体力を消耗する。リズムを会得した爽太は、その仕事にも慣れ苦痛から解放されていった。畑だから木陰はない。広大な畑に一人、炎天下にさらされながらカッコーとホトトギスの鳴き声を聞き、地面ばかり見て進む作業が徐々に楽しくなっていく。こんなど素人が植えた苗が果たして実るのだろうか、という疑問はあったが、そんな心配はさらさらする必要はない。ただ言われた通り遂行するしかないのだった。時折腰を上げて浅間山を見る。カッコーやホトトギスはどこか遠くの森でないている。姿は見えないがこの鳴き声には励まされた。浅間山の雄大な姿も爽太を励ましてくれているように思えた。5本植えては回れ右、前へ進んで5本植える。この繰り返しにはリズムがあることを発見した。手で地面をほじくると石が出てくることも多い。トウモロコシは荒地でも育つということを知った。そうこうしているうちに、最初に植えたトウモロコシが成長してくる。そうすると今度は芽掻きという作業がある。トウモロコシは、一本に一個しか販売できる実ができない。というか一個だけを立派に育てるために芽掻き作業で余分な実を作らないようにするのだった。どこをどのように芽掻きするのか、なぜここを芽掻きするのか、社長は熱っぽく語る。ところがこの芽掻き作業は、定植よりもしんどい。
結局爽太は120ケースの定植に係わった。トウモロコシの苗の合計は15360本だ。
すべての芽掻き作業をしていたら、爽太はつぶれていたに違いないが、そうこうしているうちに野菜直売店の準備が始まり、爽太は畑仕事から解放されることになった。
このトウモロコシ定植作業は、爽太の長い人生で一つの大きな経験となった。後に分かったが、農家の主な仕事はキャベツで、トウモロコシは副業のようなものだった。
しかし爽太にとってこの作業は意味があった。直売店で販売するトウモロコシは、自分で植えたものだ。店に出るので収穫作業にはかかわらなかったが、自分で植えたトウモロコシを売るのと、そうでないものを売るのでは、気持ちの持ちようが違う。
15000本のトウモロコシが、どれくらいの量なのか想像もつかないが、よし売ってやるぞという意欲が爽太の中でふつふつと湧いてくるのだった。
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