＋＋＋百通の応募者は堅い。そうなると、返事を書く
のが大変。期待で膨らんだ六十七のあばら骨を撫ぜな
がら、私は皮算用した。

四．熊

　帰宅すると、いそいそとパスワードでロックしてあ
るパソコンを夜中に開ける習慣になった。二人しか居
ない家だが、配偶者を警戒しないといけない。

　十日ほど掛けてバラバラと、合計で十通ばかりのメ
ールが届いた。百通には遠く及ばなかったから、近隣
の人口が急減したのかと怪しんだが、その心配は当局
に任せて、兎に角返事をするには楽な数。

　一通目は、北海道の聞いた覚えの無い寒村、多分原
野に近い処に棲む四十四の女からであった。「お会い
したいから、最寄りの空港を教えてくれ」とあった。

　私は年増が好きだから四十四は歓迎するとしても、
これには仰天した。「会社社長」と「金貨ザクザク」
が利き過ぎて、北海道から神戸までの往復航空運賃と
宿泊のホテル代を払ってくれるもの、と期待したら
しい。「金貨」を運ぶ為に、貨物便さえ用意してくれ
と言いかねない勢いである。

　それにしても、桁外れな発想をする女が居るものと
思い、ひょっとすると知床半島の熊の仲間かも知れな
いと心配になった。一晩文章を考えて、翌日丁重に断
りのメールをした。

　私の直感は的中して、メール送信直後に北方から
「ウオッー！」とオクターブの高い叫びが呼応した気
がしたから、やっぱりメスのヒグマだったらしい。
　抱き締められて頬擦りでもされたら、あばらの二・
三本が折れる程度では済まなかったろう。危うい処で
難を逃れたのである。
（つづく）