宗教日記

素晴らしい世界は自分自身の中にある〜六祖壇教より 

2023年10月15日 ナビトモブログ記事
テーマ:宗教

私たちの心はもともと青空で
そこに煩悩という雲がもくもくと湧いてくる。

雲が湧かないようにするのが理想だが、
凡人である私たちには無理なので、
湧いた煩悩に執着しないようにすることが大切だ。

執着しなければ、自然の働きによって
おのずと流れ去っていくのである。

という原理がわかってから
禅の本を読んでみようと思いついて、
本箱をさがすと、
「六祖壇教」という本が出てきた。

禅の始祖達磨からかぞえて6代目にあたる
慧能という人がいわれた教えだ。
以前に購入したのだが
少し読んで仕舞ってしまっていた。

そのときには、
理解が進んでいなかったからか、
難しいつまらない本だと感じたのだろう。

先日開いてみたとき冒頭に
次のように書かれていた。

【そもそも、あるがままなるブッダの本性は、
もともと人の心にある。
心が正しければ、一切の外堺はなかなか侵入できず、
心がよこしまなときには、あらゆる俗塵が
たやすく汚染する。

あれこれ思念することをやめてしまえば、
もろもろの悪は自然になくなってしまう。
もろもろの悪がなくなってしまえば、
もろもろの禅はすべて身に備わることになる。】

これを読んだとき、
自分がわかったことと同じなので、
すごく感激した。

ーー禅の本なので、
当たり前といえば当たり前なのだが

寝室へもっていって寝るときに
読んでいる(すぐに眠れる💦)ので
少しづつしか読めないのだけど、

以前に読んだ時とは違って、
内容が面白いように理解できる。

本性に気づきなさい。
あなたの本性は素晴らしいものなのだ
本性のままでいなさい。

ということに尽きる。

ある個所には次のようにある。

【どういうのがいつも正しい思いでいることか。
もしあらゆる存在を見て、心が執われなければ、
それがいつも正しい思いでいることなのである。
働くときにはそのままあらゆる所にゆきわたりながら、
しかもまたあらゆる所に心が執われない。】

本性のままでいるようにしなさい
ということだが、
どういう状態が''本性のままでいる''ことなのか
というと、

「心が執われない」

ということだ。

わたしは目の前のことに集中したり、
あるいは、
思い込みに気づいたりすることを
実践しているのだが、

それは
この「心が執われない」状態にする方策
ということができる。

これまでは執われまくっていたからなのだろう。
執われから解放され
以前とはまったくちがう軽さを実感している。

また、それにつれ、
自分自身の本性への
憧れとか信頼のようなものが起きつつある。

これとは逆の考えが、

さまざまな宗教、
世の中に満ち溢れている成功哲学などだ。

わたしたちは自分とはちがうところに、
素晴らしい世界を求めてしまうのだが、
素晴らしい世界は自分自身のなかにある。

もっというと、自分が神であり仏なのだ。
本心のままに生きることができたなら、
その場が天国や浄土になるのだと
慧能は言われるのだ。



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