宗教日記

自己否定からうまれる負のスパイラル 

2018年04月08日 ナビトモブログ記事
テーマ:宗教

自己否定の人の心の構造をみてみると、
次のような事がわかる。

心の中に裁判官か王様のような者がいる。
その裁判官はすごく権力があって
つねに自分や他人を裁いている。

明るく元気で、協調性があって・・

子どものころから、学校で家庭で、社会で
こうした風潮があり、
自分のものの考え方にも多大な影響を及ぼしている。

この価値基準が
裁判官の自分の基準となっている。

とくに協調性ということに
私は神経質に反応していた。
いまも集団や組織が苦手で
どう振る舞っていいのかわからない場面がよくある。

協調性がない自分、
これが私の欠点として
50数年間の人生に影を落としていた。

協調性がないと判断される場面では
自己中心で愛のない自分に
「ああ、なんて私はダメなんだろう」
とダメだしをする。

自己否定は自信のなさにもつながる。
自分に自信がないから
他人との関係において堂々としていられない。
その集団を牛耳っているような
気の強い人の前ではおどおどして
迎合するような態度を取ってしまう。

集団の中では自分を出したり
個性を発揮して何かをやることができないので、
自分でも窮屈になって
その場を去るということになる。
集団をすぐに離れてしまうので、
協調性を学ぶ機会を失う。

結果、ますます自信のなさに
つながっていく。

自信のなさは
さらなる自己否定をうみ、
こうして負のスパイラルになっていく。



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SMILEさんへの返信

菜穂子さん

SMILEさん、お返事が遅くなってごめんなさい。

今回の日記は分かりやすかったとのこと。
よかったです♪
やはり人間関係でお悩みなのですね。
私も思春期ごろから人間関係で悩んできました。
キリスト教の門を叩いたのも、その後心理学や哲学、宗教に興味を持ったのもこのことがきかけなんです。
そして行き着いたのが「他力」の世界。他力というと、お任せだから楽でいいなと、なにかホンワカした感じがしますが、もちろんそうした一面もありますが、人生に起きるありとあらゆる事柄に対して「いい」とか「わるい」とか「これは嫌だ」とか「あれはいい」など自分の判断を入れないということなので、結構シビアです。神が私に与えたのだから私は口を挟まない、この姿勢の徹底。自分の人生に対してもこのままでいいということ。人間関係が苦手な自分のまま、そのままでいいという事です。

2018/04/12 06:33:46

こんにちは

さん

菜穂子様、こんにちは。
今日の菜穂子様の記事は、自分にとってはとても分かり易く感じます。
いつも、何度も何度も読み返さないと、愚かなコメントをしてしまいそうで…
今日の記事ですが、私だけでなく「うんうん」と頷く方がいらっしゃると思います。
かくいう私も…こんなお天気の良い日、、春の季節の花が咲き乱れる時期に。。娘達と……
会社でもランチを一緒にできるのは、2人だけです。
もう18年くらい勤めていますが。。
沢山の方といると疲れてしまいます。
1時間だけのランチタイム、楽しく気の合う人と過ごしたい。
それから…私、プロテスタントの女学院が学び舎ですので、どうしても気になってしまうのです。貴女が。。
ですから、菜穂子様の記事が投稿されると
『おっ!菜穂子様だ!!』って飛びつく訳です。
何て言うのかな・・うん、菜穂子様に興味がある。という事です。

2018/04/08 13:39:59

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