どうでも雑記

天城峠 G 

2023年08月15日 ナビトモブログ記事
テーマ:

もう一つの天城越峠越え
「幕末の天城越え」

天城山稜を越える「旧天城峠」現在は登山道として残されているが、幕末に日米和親条約が締結されて下田が開港すると、日本の外交に関わる内外の重要人物が往復した。
最大の出来事とも言えるのが、米国総領事タウンゼント・ハリスの天城越えだった。そのハリスのもとに看護婦(実際は妾であった)として送られた唐人お吉も天城峠を越えた。

他にも坂本龍馬、勝海舟、吉田松陰など多くの偉人達も旧天城峠を越えた。ただ、吉田松陰はペリーの黒船で海外密航を企てたことで捕らわれ、唐丸駕篭で天城峠を越えて江戸送りとなるが、吉田松陰より唐丸駕篭をかついた駕籠かきの方が大変だったろう。

旧天城隧道の入り口右側から獣道のような細い登山道を40分ほど登ると、少し広い平坦な天城山稜に辿り着く。そこが「旧天城峠」で杉の大木が2本ある(写真)、別名「二本杉」と呼ばれている。
ここから河津町側に下る途中には当時の茶屋の跡地もありますが、ルートは写真のように荒廃しているところも多くあり要注意です。
ここを歩くと昔ながらの峠の風情が溢れている。そして、さまざまな人の思いに触れ、当時を想像することができる。



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月あかりさんへ、

素浪人kenさん

天城山系の主稜線(登山ルート)をまたぐのがこの旧天城峠で、一般道で言えば十字路です。
現在は歩いても一日に人に会えるかどうかのレベルで、三分の一は獣道化しているが、何とか維持している感じです。

歴史的に見れば旧天城越えのルートの方が開国道路として保存する価値があるから、各行政が保存に予算を組んで整備と管理をすべきと、強く思いながら歩いていました。

2023/08/16 11:23:07

歴史の欠片

月あかりさん

ずいぶんと苔むして年月を感じますが、様々な逸話は
現代のkenさんにも生きと語り継がれ、二本の松まで
まだある。

それにしても年月とともに、原始の森に呑み込まれることなく
残っているのは、有志の方々の日頃の保存活動なども息長く
なされているのかと思います。

2023/08/16 10:04:58

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