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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 ( 三百六十六) 

2023年06月21日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「五ヶ月だね。気付かなかったのか、お前さん。他人のそれには敏感なくせに、自分のこととなるとからきしだな」と、馴染みの医者にからかわれる始末だ。「つわりは無かったのか? そうか。静かに静かに、いのちを育んできたんだな。で、どうするね? といっても、いまさら堕ろすわけにもいかんがね。お前さんに気づかれまいと、静かに成長をつづけてきたんだ。赤ん坊は、生まれたがっているぞ。神さまも、そんな赤ちゃんを応援しているらしい」
医者はそう言う。しかし梅子の耳にとどく赤子の声はちがう。“このままお母さんに知られることなく、静かに逝くつもりだよ。心配しないでいいよ。ぼくが産まれたら、お母さん困るものね。お父さんだって、歓迎しないだろうし。大丈夫、大丈夫だから。お母さんを、お父さんを困らせるようなことはしないから。きっと、きっと、ふたりには迷惑をかけないから”と、なんとも健気なものだった。
 あるいは、梅子の心底の願いだったかもしれない。まだ23歳の梅子にとって、女給としてやっと一人前になれた梅子にとって、赤子は厄介な存在でしかなかった。少なくとも23歳の梅子は、そう考えた。そして8ヶ月に入ったとたん、にわかに産気づいた。「残念だよ、死産だよ」。医者の沈痛なことばが梅子の耳にとどいた時、そのときはじめて赤子を愛しいと思った。「いや、先生! 助けてやって! 何とか生き返らせて! あたし、お店やめるから。真面目に働くから。一生懸命、赤ちゃんを育てるから。あたしの、あたしの赤ちゃんを助けて!」
 流産の危機は、いくどとなく訪れた。しかしその都度、赤子は生き抜いてきた。梅子が気遣ったのではない。いやむしろ、梅子は“流産、やむなし!”と考えた節がある。赤子の生命力の強さには、医者も舌をまくばかりだった。「赤ちゃんは生きたがっているんだ。しばらく店を休んで、養生したらどうだい。入院という手もあるぞ。」と7ヶ月目に入った時、説得された。「これだけお腹が膨らんじゃ、お客もびっくりだよ。先生の言うとおり、しばらく店を休むわ。というより、休めって言われてるしさ。でも、入院はやめとく。消毒液の匂いがねえ……」
不思議なもので、店を休んで養生に入ったとたんに、赤子に対する気持ちに変化が現れた。苦痛以外のなにものでもなかった赤子の体内での運動が、いまは愛おしくてならない。「どうしたの、赤ちゃん? きょうは大人しいねえ。さあ、お母さんのお腹を蹴ってごらんな。いまね、お母さんね、あなたのおむつを用意しているんだよ。店長がね、真新しい木綿の生地をね、こーんなにたくさん持ってきてくれたからね。だからね、たっぷりとおしっこしていいんだよ。お乳もたくさん出るようにって、産婆さんに教えてもらったようにおっぱいをもんでるからね。たーくさん飲んでよ、お乳を。お母さんね、お酒をずっと飲んでたからね、お酒くさいお乳だと困るからね、お水をたくさん飲んでお酒を追い出してるから。心配ないよ、赤ちゃん。おいしいお乳にしてあげるからねえ」

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