どうでも雑記

大衆酒場 

2022年09月09日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

大衆酒場
高度経済成長期のサラリーマン時代は皆よく働いた。
これと言ったレジャーもなく、年に一二度の家族旅行ができれば良い方だ。あとは、今では考えられないが、社内運動会や文化祭があった。

職場の積み立てバス旅行に忘年会と新年会、時々歓送迎会。これ全てに酒が出たから飲み会のようだったが全員が参加していた。

今は仕事もリモートワークの時代、人間関係は要らないから、会社や職場行事は全て拒否、不要の時代になる。
その背景には何があるのか、会社の存続も分からないから一生務める気はない、だから愛社心もない、余計なことは要らないからその分給料で貰いたい。
年金も先々分からないから納めない、その為の貯金もしない。

企業の方は能力と成果主義での人事考課、人は育てず必要な人材を広範囲から採用すればよい。余剰人員を抱えたくないから、出来る限り契約社員にする。企業として組織的に問題はないのか不思議に思う。

我々の時代、確かに問題はあった、仕事で1+1が2にならないことが多かった。
それでも上司からのお願い、会社のために、その先には家族(生活)のためと無理でも無理して頑張った。
社内だけでなく社会全体がそうさせるような空気だった。

何がそうさせたか考えると経済社会の環境と生活、企業と共に生きようとする愛社心と表裏の生活があった。
それを支えていたのが職場の人間関係と企業は人なりの経営理念にあったと思う。

計算式の合わないところは仕事の帰りに大衆酒場に寄っては酒を飲みながら、上司や仲間同士で仕事の話をする。
酒も入り時を忘れた頃には、計算の合わないところは頑張ろうになっていた。

どこも同じだったのでしょう、同じような労働者で大衆酒場は何時も大賑わい。値段も安く、料理なども庶民的で気軽に楽しめる大衆酒場の全盛期だった。

その後、居酒屋と変わっていったような気がする。店内に小座敷などがあって、つまみ程度から、かなり凝った料理を揃えていた。
日本酒・ビール・焼酎が主な飲み物だった。店先には赤ちょうちん、縄のれんを下げた店が多かった。

最近また流行ってきた、大衆酒場の魅力は心地よい居場所、戦後のやみ市からできた大衆酒場は地元の中高年から労働者だったのが、最近は若者が多く集まりブームになり始めた。

先日、畑仲間で落花生の収穫をした後、取って付けたような収穫祭と称して、居酒屋に行った。
昔は労働者の憩いの場だったが、最近は若者が急増、独りでもくつろげる。

常連同士での人間関係ができて、 横から炭酸の瓶が飛んできたりする。女性も目に付く、スエットパンツにサンダルで寄れる雰囲気だ。

明日への潤滑油として居酒屋で飲む、今は一人で飲みたい、そんなお客を受け入れて、仕事や職場の人間ではない飲み仲間の交流の場となっているように思えた。

人はなぜ大衆酒場に来るのだろうか、それは大衆酒場の易心地が良いのに気付きはじめたのだろう。
現代社会の大衆酒場の魅力とは何か、その一つは何といっても500円前後のメニューの安さでしょう。
そして気軽さと、昔もそうだったが酒場のママ(お母さん)さんの気さくで優しい気づかいだろうか。

時代が変わっても、人は心の触れ合いを心の癒しとして、人に求める。そんな場として大衆酒場に来るのだろうか。…大木伸男の「涙の酒」を歌いたくなる。



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