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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第一部〜 (八十七) 

2021年03月23日 外部ブログ記事
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「内もね、苦しいんだ。思ったように、捌けないんだ。
倉庫を見てくれよ、商品の山なんだ。
事務所の廊下にまで、溢れかえっているだろう。
といって、手ぶらで帰ってもらう訳にもいかんし。
どうだろう? 君らの給料の五掛けで、手を打ってくれないか? 
本来なら、社長に支払うべきものなんだ。
街金に談じ込まれたら、返答に窮してしまう。
その代わりと言っちゃなんだが、ほとぼりが冷めた頃にだ、富士商会に入らないか? 
君らなら、諸手を上げて歓迎するが」

武蔵は、残金、確かに受領致しました。という、一札と引き換えに個々の従業員に手渡した。
総額がいくらなのか、誰にも分からぬよう処理したこと、そしてまた残金と書かせたことで、金壱拾萬円の支払済みとしてしまった。
実のところは、三萬円そこそこの金額だったのだが。
その後、何人かが職を求めてやって来たが、武蔵の入院という事態でうやむやに終わってしまった。
その場限りの武蔵の方便だった、社長を裏切るような従業員を雇うつもりは、まるでなかったのだ。
応対に出た五平に一喝されて、すごすごと引き上げて行った。

感慨に耽る武蔵の元に、旅館の女将が声をかけて来た。
「お早いですねえ、社長さま。おはようございます。
如何ですか? ここからの眺望は。
当旅館の、自慢の一つなのですよ」
武蔵が振り返ると、斜め後ろに楚々とした風情で立っていた。
和服には疎い武蔵だが、見るからに高級そうな着物姿だった。
年の頃は三十路も半ば過ぎか、と武蔵には見えた。

やや首を傾げる仕種は妖艶さを漂わせている。
思わず見とれてしまった武蔵に、「どうかなさいました、社長さま」と、女将が見上げるように尋ねた。
「いや、こりゃ失礼! 見惚れてしまいましたよ、女将に」
「あら、あら、そんな。都会のお方は、お上手ですね」
女将は、口元に手を当てて微笑んだ。
その柔らかい仕種がまた、武蔵の心をとらえた。

「昨夜は、世話になりました。美味い料理でした、板さんによろしく言っておいてください。
皆、喜んでいました。中々に食べられんのですよ、活きの良い魚は。
それに、おひたしの出汁は絶品でした。
今どき、あの香りは一流の料亭でも無理でしょう」
料理については余ほどに自信があるのか、したり顔で小鼻を膨らませて頷いた。
旅館の醍醐味の一つに料理があることを知る女将の、毎日くどいほどに板前に要求を続けている現れだった。

軽く頭を下げて
「ありがとうございます、申し伝えておきます。
いかがです、あちらは。復興目覚ましいのじゃありませんか? 
わたしときましたら、ここから離れたことがございませんので、新聞で知るだけなのでございますが」
と己を下にすることを忘れない女将に対し、武蔵は「うん、そうだね」と、短く答えた。

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