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敏洋’s 昭和の恋物語り

[宮本武蔵異聞] 我が名は、ムサシなり!(二十五) 

2017年09月18日 外部ブログ記事
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―ヒューン!―
 小次郎の長剣は空を切った。
それは、風の如くに軽やかだった。
何の手応えもなく、空を切った。
 小次郎は違和感を感じた。
何物かが…いや小次郎には分かっていた。
藩主忠興より拝領の金糸で刺繍された陣羽織の袖が、小次郎の動きに僅かのずれをもたらせた。

―ブォーン!―
 ムサシの木刀は、小次郎の長剣に遅れて振り下ろされた。
小次郎の脳天に、真正天から振り下ろされた。
 小次郎の剣の鋭さに比べ、ムサシの木刀には重さがあり、明らかに一撃必殺を意図していた。
それが小次郎の体の一部にさえ触れさえすれば、撲殺できると踏んでの一撃であることは明白であった。
 正に戦国時代における、肉弾戦であった。
様式美などは、微塵もなかった。
小次郎の剣捌きとは異質のものであった。
小次郎が追い求めた『能』に通ずる様式美とは、相容れないものであった。

 栄誉栄達を求める武芸者たちに対し、ムサシは己(おの)が生きんが為の闘いだった。
そこに勝負への執念の差が生まれた。
「命を賭けても…」
 皆が皆、一様に口にはする。
しかしその実はと言えば、一歩も二歩も引いた覚悟の武芸者たちだ。
道場を訪れての試合においては、「一手、ご教示願いたい」と口上し、野外においても命のやり取りにまでは至らない。
剣を交えて一、二合だけで勝負を決することもある。

他者と同様に、小次郎もまた然りだった。
相手の腕そして胸に、切り傷のひと筋を付けて終わりとしていた。
 しかしムサシにとっての闘いは生きるか死ぬかのことだった。
相手を倒し懐中を探り、金目の物を奪う。生きんが為の所業だった。

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