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宗教史100(神道の歴史) 

2017年07月21日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



ヤマト政権下で進んだ神々の統合

日本には、目にみえない驚異を、血縁・地縁単位で祀る習俗があった
 ☆氏神・産土神として信仰されていた
ヤマト政権は、支配の一環として、神々を王権祭祀のなかに統合した
『古事記』『日本書紀』には、地域の神々を組み込んで、体系化する様子が書かれている
 ☆朝廷の祖先神話である高天原(たかまがはら)神話
神道の神には、御利益を与える神と、儀礼のための神の二面性がある
 ☆地域社会の現世利益信仰  ☆国家における王権祭祀
敗戦にともない、国家神道としての国体は禁止された
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
出典、『宗教史(成美堂)』




神道の歴史(『宗教史(成美堂)』記事より画像引用)

地域限定だった神々から地域を超えた神々へ
地域社会では、土着の神を平安を願って祀っていた
霊験のある神々を地域を超えて勧請し、現世利益を求めて祈る風習が生まれた
儀礼のための神と御利益のための神が、同様に祀られるようになった
記紀神話では、神々の体系を整えた
 ☆王権祭祀の根拠づけという意味が強く、宗教として体系化されていない
「神道」の意味は、日本では、宗教より儀式体系でした
宗教としては、仏教が優位に立つ
 ☆神は神仏習合の範囲で信仰されるにとどまった

江戸時代の神道
教団がいくつか誕生したが、大きな勢力にはならず、
信仰を守る地域社会と密着する神社や、富士登山、白山などの霊山信仰の「講」
変化したのが明治維新である

国体(国家神道)の誕生
明治政府は、皇室の祭祀と神社での信仰(神社神道)を結合し、国家祭祀とする国体をつくった
 ?日本は天照大神から神勅を受けた神国である
 ?天皇は天照大神の万世一対の子孫で現御神である
宗教と祭祀を分離
 ☆国家祭祀としての神道は宗教でないとした
神道系教団については、13派を公認した
全国の神社は社格が与えられ、官幣社、国弊社、府社、県社、村社
 ☆別格官弊社は、国家に統合された
敗戦にともない、国家神道としての国体は禁止された
 ☆神社神道は国家から再び独立した
 ☆神社本庁傘下か単一の宗教団体となった
 ☆地域住民を氏子とする昔ながらの形態が保持され、現在に至っている

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