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般若苑のブログ
なつかしい鉄道
2016年12月19日
テーマ:テーマ無し
ここは、JR大和路線、久宝寺駅(八尾市) ごく普通の駅前の風景に見えますが、 ここには、かつて旧国鉄の竜華操車場がありました(昭和13年〜62年) 広大だった(甲子園球場5つ分)竜華操車場(写真は現在の京都博物館のターン・テーブルと扇状庫) 毎日多数のSLが集まって蒸気を吐いていた活気は、(↑竜華操車場でも貨車を牽いていた大正生まれの「クンロク」) 今では想像するしかありません 開高健の自伝的小説『青い月曜日』に、戦時中の竜華操車場の様子が書かれています 当時、旧制天王寺中学の学生だった開高氏は、授業をうけるかわりに級友たちとこの操車場で配車作業をさせられていました(↑小さな力もちC11も竜華にいました) 同じ方向に向かう貨車を列車に仕立てる作業には駅名、路線の知識が不可欠(↑陸の王者D51も竜華で働きました) 学生たちは地名、路線すべて暗記するように命じられました 義務ではありましたが、地名の暗記は彼らの楽しみになりました ““私たちはどこへゆくにも後生大事に鉄道地図を持っていく”” 友人同士で暗記力を競い合ったり 「…四国へいくか?」 「どこでもええよ」「高知」「土讃本線」 開高青年は「地名を味わう楽しみ」をこの時知りました ““たとえば私は『明石』という字を 見るたび、うっとりする”” ““その字の前に立ち止まって、 とりとめもなく出たり入ったりする 物の影を眺めていたくなる”” ““白い砂の長い渚 高い空の下に落ちた松並木の細長い洲”” ““人影のない春の午後の城下町 輝く沖の波の穂”” ““そうしたことをとりとめもなく追って何時間でもすごせるようになったのだ”” ※※※ 終戦の日も、戦後も、竜華操車場は列車を送り出しました 国産電気機関車の先駆的存在EF52も晩年は、竜華機関区で 阪和線を走りました こちらは、戦後すぐに生まれたゴハチ、全国で多くの乗客を運びましたが、竜華機関区では、80年代まで走行(和歌山〜新宮) 国鉄民営化とともに竜華操車場も役割を終え、 駅前は再開発されました(↑鉄道レールを活用した枕木舗装) ※※※ 今日の京都鉄道博物館と、通行手形の写真撮影は、しろちゃんの旦那様です(↑この秋、重要文化財に指定されたSL233号) 旦那様は、もちろん大の鉄道の旅好き(↑大阪〜札幌1500キロを走ったトワイライトエクスプレスのEF811) 乗り放題の切符をいかに活用するか考えるのも楽しく(↑青春18きっぷを使うと、大阪から日帰りで東は静岡、西は広島まで行ける) 道中で出会った一期一会の旅仲間との会話も喜びのひとつ 忘れ物をしたこともあったそうですが、いつもちゃんと戻ってくる日本の旅悪い人はいないようです ※今日のブログでは、上記の本以外に、久宝寺駅前記念碑『梅小路上記機関車館』(京都新聞出版センター)『パーフェクトキッズ2 JR特急』(講談社)『時刻表昭和史』(宮脇俊三)八尾市サイト第22号「竜華操車場」毎日新聞2016年10月14日付記事「SL233号蒸気機関車」Wikipediaなどを参照しました
>>元の記事・続きはこちら(外部のサイトに移動します)
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