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敏洋’s 昭和の恋物語り

[舟のない港](十三) 

2016年03月15日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



男は気を取り直すと、今朝買い求めたスポーツ新聞を背広の下に巻き付け、身体を冷やさないようにした。
先年亡くした祖父の言葉を思い出したのだが、物は試しと雨の中を駆けだした。
できるだけビルに沿って走り、濡れないようにした。

地面を見ながら、右に折れた。
体が少しビル際から離れた途端、前方を見ていなかった男は、信号待ちの通行人に接触してしまった。

「いや、これは失礼! 前を見ていなかったもので…」
男の謝る言葉を遮るように
「ひょっとして、御手洗くんじゃないか」
と声がかかった。ずんぐりとした体型の男で、頭のてっぺんから出ているような甲高い質の声には聞き覚えがあった。
「平井君か、奇遇だなあ」
「おお、久しぶり!」

まさしく奇遇だった。大学時代の友人だった。
さ程に親しい仲ではなかったが、挨拶だけは交わす男だった。
その男に可愛い妹がいるという噂で、名前は知っていた。

何かの用件で電話をかけた折りに、取り次いでくれたことがある。
年齢の割には大人っぽい声だという印象がある。
しかし今は懐かしさよりも、早くこの場を立ち去りたいという気持ちの方が強い。
その男には女性の連れもいることだし、と。

「じゃ、また!」と走りかけた。
「入れよ、傘は2本あるんだ。おい、自分の傘を使えよ」と、連れの女性を促した。
「いや、いいよ。ホラ、こうやって新聞紙を体に巻いているから、濡れても大丈夫なんだ」
と、背広のボタンを外してみせた。
「クスクス」それだけの声ではあったが、妙に艶っぽい声にハッとした。

?まさか、彼の妹??
何故そう感じたのか? もう、十年以上も前のことだ。長話をしたわけでもない。
電話の取り次ぎをしてくれただけだ。
「いいじゃないか。ああ、これ妹だ。変に気をまわすなよ。
君は、会っていないだろう。ミドリ、彼、御手洗君だ。
ホラ、話したろう。面白い名前の奴がいる、あっ失敬!」

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