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のびたの日記

ちょっと切ない認知症の現実 

2015年06月25日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



昨日訪れた施設は もう7年も音楽訪問を続けている
多くの施設を訪れている中で 一番 認知症と思われる方が多い
私のうたごえの時間でも それは それは静かなうたごえで有る
 
人数は40名程度居られるが 唇を見ていると 歌っている方は3分の2程度だ
それも歌声としては聴こえて来ない メロディに合わせて呟くように歌っているのだろうか
それでも この雰囲気に飲まれないよう 私の全ての元気と心を集中してあたる
 

 
キーボードをセットするまで リハビリの時間 皆さんの様子を私は垣間見る
やはり3分の一の方は 参加していない 下を見て居たり 虚ろな顔で有り 手足も動かない
それでも 担当のスタッフは 私と同じように めげずに声を掛け リードしている
 
例えて言うと お医者さんや看護師さんが相手にする方は 元気な方ばかりでない
懸命に対処しても 体力 気力が失せて行き 中には 永遠の別れをすることもある
しかし これにめげずに感情を押し殺して また真剣にいのちと向かい合う姿勢に似ている
 

 
ボランティアも 自分の感情に押し負けてしまったら もう行けない
皆さんに元気も笑顔も与えることは出来なくなってしまう
それがために 少し程度が重い方が多い施設には ボランティアが訪れない
 
何か披露しても 笑ってくれるとか歌ってくれるとか 拍手してくれるとか 反応が無いと難しい
7年間 毎月訪れているが 他のボランティアが訪れることは無かった
それでも私は行く ボランティアの原点のように感じるからだ
 

 
高齢の方々 本来なら激動の人生を歩んで ようやく穏やかな老後を過ごしている方たちである
介護を受ける身体も大変だが 認知症となると 人間の尊厳性が失われて行く
ただ生きているだけ で 過去も忘れ 家族も忘れ 人間であることすら忘れてしまう
 
この方たちが 自分の身内ならもっと切ない
両親であったり 夫や妻 兄や姉だったら 想いは複雑に交差するだろう
私の両親も 姉二人もこの世に居なくなってかなり経つが いつも自分の身内にダブらせて見る
 

 
毎月訪問するから 利用者さんの顔や以前の状態が分かる
認知症は進行は遅らせることが出来るが 改善は奇跡でもなければ殆ど無い
だんだん進行して行く様子を見ているので 辛く切ない想いがよぎる
 

 
それでも 僅かな時間 歌があって 心地よい時間を感じてもらえれば私は嬉しい
勿論 歌える方にとっては 楽しい時間である この歳では滅多に歌うことは無いだろう
荷物をまとめて帰る時 皆さんのそばを通ると何人もの方が私に手を差し出してくる
 
そっと握ると嬉しそうな顔が返る その手のあたたかさが通じる 心が通じて居ることを感謝する
そして 罰あたりであるが お地蔵さまのように こんな方たちの力になれたら何と良いかと思う
元気で過ごして欲しい 人としての生き方が出来ますように・・祈る想いで毎回帰ってくる
 
 
     最後までお読みくださいまして有難うございました m(_ _)m
 



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