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敏洋’s 昭和の恋物語り

出雲大社参詣記 12月29日 (六)長崎県は松浦市海水浴場 

2015年02月20日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



ちょっと話がそれますが、長崎県は松浦市海水浴場でのエピソードをふたつほど。
すみませんねえ、いつも。話がそれてばかりで。

そもそも、出雲大社参詣の話なのに、(六)だというのに、まだ岐阜駅に着いたばかりなんですよね。
これから名古屋に行き、そこから新幹線で岡山へ。
岡山からは[やくも13号]に乗り換えて、出雲市へ。

やれやれ、いつになったら着くことやら。
もっとも、岐阜から出雲までは、ほぼ六時間の旅程ですからね。
そうおいそれとは着きませんわ、ねえ。

「いいから、早く話を進めろ!」
ですか? そうですね。急ぎましょうね。
「おまえのグズグズぶりは知ってるから」
ですか? こりゃまた、失礼をば。


松浦海水浴場

では、一つ目のエピソードを。
これは、ある意味大事なエピソードでして。
わたくしめの、長嶋信者についてはご存じだと思いますけれども。

佐賀県は伊万里市が、わたしの出生地なのです。
小学六年までの間、旧私有の中をウロウロと転校していました。
当時のわたしは、ご多分にもれず、地元の西鉄ライオンズファンでした。
三原監督率いるチームでして、中西・豊田そして神さま仏さま稲尾さまが大活躍状態でした。
当然ながら、長嶋さまご所属の読売ジャイアンツなんぞは、鬼畜米英並みの不倶戴天の敵でありました。

ある日、床屋さんで(現在の散髪屋もしくはBarber)野球のテレビ中継を聞いていたときのことです。
頭を動かすわけにはいきませんがね、見えなかったんですよ。
九州という地なのに、巨人戦が中継されていました。

そこで、「くそボールをホームランにした」と大騒ぎを、大人たちがしたんです。
「長嶋という奴は、大馬鹿か天才たい」
「あいつは、化け物たい」
と、口々に褒めそやしていたと記憶しています。

そこで初めて、長嶋茂雄という名前が、わたくしめの頭の中にインプットされました。
で、中西さまが引退されると同時に、長嶋信者になったというわけです。

そして、二つ目のエピソード。
これは、実に忌まわしい記憶です。
わたしと、当事者の悪ガキしか知らぬことです。

当時のわたしはカナヅチでして、沖に行くことは禁じられていました。
どんな経緯だったかは覚えていませんが、手こぎ舟に乗って沖に二人だけで出たようです。

そこで、あろうことか舟から落とされたのです。
当然、パニックです。
悪ガキに言わせると「落ちた」ということですが、違います。
落とされたんです。
わたしが立ち上ったときに舟が揺れたら、どうなります? 
落とされたんです。

確か二つ上だったと思います、兄よりは下だった筈ですから。
仲が良かったかどうかは、思い出せません。
ただ、よくつるんで遊んでいたとは記憶しています。
その頃のわたしは、いつも兄の後ろを追いかけていましたから。

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