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人生日々挑戦
高橋大輔選手・「最高の人生ドラマ」
2014年05月19日
テーマ:人生
スポーツ観戦は、さまざまな要素があるから、面白い。
アスリートの高度な技量が発揮されることに感心するだけではない。勝負をかける選手の心理状態を推し量ることで、楽しさはいやがうえにも増す。
そして、選手の生きざまを慮るとき、単なるスポーツ観戦に止まらなくなる。そこに観られるのは、人生ドラマそのものだ。
こうした観点で、スポーツ観戦を続けてきているので、選手の皆さんからこれまで随分と感動をもらってきた。
最近も、感動するシーンは、枚挙に暇がない。2014年2月開催のソチ五輪は、感動の連続であった。
モーグルで上村愛子選手の惜しくも惜しくもの4位入賞。ジャンプで葛西紀明選手の個人銀メダル及び団体銅メダルの獲得。同じくジャンプで高梨沙羅選手の悔し涙にくれる4位入賞。フィギュアスケートで羽生結弦選手の金メダル獲得。浅田真央選手の涙の6位入賞。などなど。
しかし、一番ドキドキハラハラし、感動させてくれたのは、フィギュアスケートの高橋大輔選手だ。高橋選手がソチ五輪出場を決めるに際し、何日間にわたって観せてくれたのは、最高の人生ドラマである。
それは、日本のスポーツ史上、永遠に残る名シーンであり、記録しておくことにする。
2013年12月21日から23日まで、ソチ五輪の出場権をかけて、フィギュアスケート全日本選手権が埼玉県さいたま市のさいたまスーパーアリーナで行われた。
前回2010年バンクーバー五輪銅メダリストの高橋大輔選手は、21日のショートプログラムで4位と出遅れた。
加えて、22日のフリースケーティングでは、2度の4回転の失敗を含め、ジャンプでミスを連発し、5位に沈んだ。
この結果に関し、メディアは、異口同音に、高橋大輔選手の3大会連続の五輪出場は厳しい状況と伝えた。さいたまスーパーアリーナに詰めかけた大観衆も、テレビ観戦の日本中のフィギュアファンも、残念ながら、高橋選手のソチ五輪出場はおそらく叶わないのでは、と思わざるを得なかった。
2013年シーズンは不調で推移していた高橋選手は、11月上旬に開催のNHK杯で優勝し、ソチ五輪に向けてスイッチが入ったように見えた。不調な高橋選手にやきもきしていたファンは、やっと胸をなでおろした。さあ、これからだ。
しかし、高橋選手は、11月26日、練習中に右足のすねを負傷した。痛めたのは、右膝下で、5年前に前十字靱帯を断裂して手術を受けた箇所だ。
5年前の大けがのときは、それを克服し、2010年バンクーバー五輪で銅メダルに輝いた。日本男子フィギュアの初メダル獲得である。
大会直前の右膝下の負傷で、患部には炎症で水がたまり、注射で水を抜いて出場した。当然、体調は、万全の状態ではない。
NHK杯で優勝し、さあ、これからだという時、ソチ五輪の出場権がかかる全日本選手権直前での負傷だ。高橋選手は、自らの不運に泣いた。
しかし、しかしだ。高橋大輔選手は、決めた。決して逃げないと。
彼は、5年前に前十字靱帯を断裂したときも、決して逃げなかった。必死でリハビリをし、右足の筋肉を復活させ、2010年バンクーバー五輪にこぎつけた。その頑張りに、銅メダル獲得のご褒美が待っていた。
その全日本選手権の前に高橋選手の練習風景が放映された。そこには、不安げな高橋選手の表情があった。彼のこうした自信なさげな姿は、初めて観た。よほど足の状態が悪いのだ。おそらく、右足は痛むのだろう。
高橋選手のフリー演技が始まる。冒頭の4回転トーループ。決まった、と思った。しかし、着地の瞬間、転倒。右足の痛みさえなければ。
2つ目の4回転は回避する選択肢もあり得る。しかし、高橋選手は逃げなかった。果敢に挑戦し、両足着氷。
4回転ジャンプは、二度とも失敗したが、世界の高橋大輔として定評のある、世界一のステップとスピンで観客を魅した。
どんなに辛く苦しくても、決して逃げない。転んでも立ち上がり、右手から流血しながらも、ジャンプを跳び続けた。
高橋選手のフリー演技が終わった瞬間、1万8,000人もの大観衆が総立ちで、高橋選手を讃えた。鳴りやまない拍手。高橋選手は、四方に向かい、深々と頭を下げた。
テレビカメラに映る高橋選手の顔は、かすかな笑みが浮ぶともに、涙している。そして、カメラが映し出す右手からは赤い血が滴り落ちる。
かすかに浮ぶ笑みは、決して逃げずに死力を尽くしたという高橋選手の誇りがそうさせている。そして、それ以上に鮮烈に映る涙は、右足のけがのために、自分の演技ができなかった悔しさの現われである。
演技が終わってから、高橋選手に対するテレビのインタビューが始まる。彼の姿を観るのが辛い。
目を真っ赤に腫らして言葉を絞り出した。「いや…、全く…、自分の演技が…」と言いかけて、嗚咽が止まらず、しゃべれない。たまらず、カメラの前を離れ、奥に引っ込む。
再び姿を見せると、彼は、涙ながらに、声をふりしぼる。
「自分の演技ができなかった。それが一番悔しい。ミスを重ねていくごとに、これで終わったのかなという気持ちが強くなった」
高橋選手は、自分の演技ができなかったのが悔しいと語るものの、右足のけがのせいにはしない。けがには触れないのだ。そして、驚くことに、演技をしながら、自分を見つめている高橋選手がいる。最高レベルのアスリートが持つ底力である。
「自分自身への情けない気持ちと応援してくれた皆さんにパワーを返せなかったことが悔しい」
高橋選手は、応援してくれた日本国民に応えれないことが悔しいと言う。
「でも、これが自分の実力。受け止めたい。僕のスケート人生で一番苦しかった全日本でした。その厳しい壁を乗り越えられなかった自分自身に対して、もっとできるはずの自分がいるという気持ちもあるんですが。それができなかったことが悔しいんです」
この発言には、決して逃げない高橋選手の真骨頂が現れている。
インタビューの中で、「これで最後の演技になるかもしれないと思ったら、ありがとうございますという気持ちだった」と語っている部分は、スタンディングオベーションに対して彼がかすかに浮べた笑みについて言っているものだろう。
12月23日、女子のフリースケーティングが終わり、ソチ五輪の出場権をかけたフィギュアスケート全日本選手権は幕を下ろした。
会場のさいたまスーパーアリーナで、ソチ五輪の男子の代表が発表されていく。
最初は、羽生結弦選手の名前がコールされた。会場から沸き起こる歓声。
次は、町田樹選手だ。これまた沸き起こる歓声。ここまでは、誰しもの予想通りだ。
最後の三人目の発表だ。大観衆が固唾を呑む。
「高橋大輔!!」 その瞬間、会場全体がどよめいた。
1万8,000人の大観衆のどよめき。永遠に忘れられない。
それは、驚きの声ではない。高橋選手に対する期待と祝福の声である。会場を埋め尽くした大観衆は、高橋大輔選手が選出されることを望んでいたのだ。
時あたかも、クリスマスイブ前日。「よかったね、高橋大輔選手!!メリークリスマス!!」。
2013年12月21日から23日までの3日間におけるフィギュアスケートドラマ。それは、主演・高橋大輔とフィギュアを応援する日本中の国民とをめぐる愛と感動のドラマだ。
ドキドキハラハラの3日間。事実は小説より奇なり。スポーツは小説より奇なり。まさに、最高の人生ドラマである。
それは、日本のスポーツ史上、高橋大輔の名と共に、永遠に残る名シーンだ。
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