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尺八と横笛吹きの独り言

黒ネクタイを蝶ネクタイに替えて・・・・山を越えました。 

2013年11月06日 外部ブログ記事
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●三曲演奏会の最終下合わせが二日にありました。 

11月1日(金)・・・・4時からどうしても出ないと行けない集まり
11月2日(土)・・・・三曲秋の演奏会最終下合わせ・前任校50周年記念祝賀会
11月3日(日)・・・・隣町の文化祭で民謡演奏と唄(12曲吹奏)
11月4日(月)・・・・秋の三曲演奏会(5曲吹奏・演奏会事務局担当、会計)
この山場に娘のお舅さんの告別式が入りました。結局3日の民謡演奏のほうは欠席。
どこに告別式が入ってもこの時期は「連絡と謝罪」のパターンでした。
人生こればかりはしょうがないのでした。
・幸いにもみなさんこの状況を理解して頂いてあたたかく乗り切れました。
「義理をかいてはいけない。しょうがない。なんとかfueさんの代役をつとめますよ」
「私が伴奏する唄の急な変更やら、私の唄のキャンセルやら、他の尺八の方の負担」など背負って頂きました。ありがたいことです。感謝。
●さて、三曲(箏・尺八・三絃)の演奏会の最終下合わせ。
三曲会地元(東京都福生市)図書館の二階和室で9時〜15時まで。
すでにプログラム完成配布済み、アナウンサー原稿もアナウンサーには手渡っている。
いよいよ本番間近。ここに告別式が来ていたら・・・・人数が少ないので、演奏者交代があっただろう。危ない橋をわたったね。人生はなにがあるかわかりませぬ。
「祭花二番」「比良」「本曲 八千代」「秋の言の葉」「北海民謡調」の5曲が私の吹奏曲だ。
●「比良」・・・・尺八3、箏1、三絃1の構成。尺八3名のリード役を務める雰囲気。
この曲はむずかしい。弾き初め後の倍徐、手事、後奏の三つの難所がある。
何度も演奏して音源を聞いているつもり。相方の尺八がつい出て、はずすこともある。
3人の尺八で呼吸を合わせるのは一人よりむずかしい。
 やや不安を残しての最終下合わせ・・・・当日もう一回、下合わせすることとなった。
曲の旋律やポンと箏が「ひと呼吸はいる」間をつかまないとずれる。
私も完璧ではないが、なんとかなるだろう・・・・という予感がする。

 
●前任校の50周年記念祝賀会
A校・B校・C校・D校と4校歩いてきましたが、その2校目のB校。
34歳から49歳の一番頑張った時期。昭和57年から平成9年まで15年間在職した学校(工業高校)だ。生活指導部長・進路指導部部長・学年主任・入選責任者など苦闘した学校です。
50年間のほぼ1/3に近く在職した学校、またとない機会。大切な節目。懐かしいお仲間に会えることを期待して、三曲下合わせが終わってから出かけました。
・いただいた50年史小冊子での校長先生のお顔・・・・このなかで5人の校長先生に仕えたことになる。ずいぶん多くの校長さんと渡り合った。
・なつかしいお顔に数人に合いました。教務部先輩の先生。機械科の先輩先生・・・・なつかいし。その当時の先生が少なかったね・・・・それもそうだ、すでに80歳に近い。亡くなられた方もおられる。
・新しい顔の中に見たことのある顔・・・・名刺には副校長(今は教頭という名称がなくなりました)という方が2〜3名。「みなさんご立派になられましたねえ」
・fueさん何か一言、お話しを・・・・いやあ俺はいいよ・・・・しかし来ました。
「私はfueと申します。なつかしい顔がアッチコッチにいまして懐かしいです。私は昭和57年から平成9年までの15年間。この学校にいました機械科のfueと申します。今日はこの席ですがほんとうのことを喋っちゃいます。実はここの学校は当時荒れていまして・・・・「あそこの学校だけは行くな」と言われていた学校だったのです。そこで生活部長として何をしてきたかをちょっとだけお話しました。・・・・しかし全力をだして頑張ってきました。・・・・」などとお話ししました。
そこの若い現校長さんがツカツカと前に出て「先生、ほんとに大変でした。大変な時代でした。ほんとにありがとうございました」と深々と御礼をされていました。

 
●黒ネクタイで告別式参列。
気持ちを切り替えて・・・・今度は翌日は告別式(嫁いだ娘の舅さん70歳の若さで逝去。脳溢血、癌)。
武蔵野市に近い葬儀場で告別式、さらにマイクロバスで府中の火葬場、もどって精進落とし(しょうじんおとし)。
●火葬場から戻っ た後に行う初七日法要の際に、僧侶や世話役などの労をねぎらう宴席。
●故人のお父さんとは最後は孫のお宮参りでした。急な逝去でした。
雑誌の編集をされていたそうで、精進落としの席で故人の手帳メモがご披露されました。
(柩に入れないで持ち帰ったそうです)
そこには、生き方についてつづられたメモが残っていました。怒ることなく平静な中で、コツコツと生き方を模索していた哲学者、芸術家、文学者のようなプライドの高いお父さんのようでした。享年70歳・・・・私はあと4年でこの年齢だ。考えさせられますねえ。
●火葬場で・・・・お骨を拾う段になり、係の方からお骨の説明がありました。
これが細部に渡る説明でした。私も親戚も真剣に聞いています。
こうして荼毘に伏しますと、きれいいなもんだ。(自分もそうなるのですね)
●お骨の中に「のど仏」が現れました。それは説明によると・・・・
仏様が座禅を組んでいるようにみえますので「のど仏」と言われているのです。
・・・・うう・・・・はは・・・・なるほど。男性にあるノドの突起がノド仏。
●「のど仏」について(不謹慎ではありますが・・・・)
キリスト教を信じる人々は、のどぼとけのことを「アダムのリンゴ」と呼んでいます。
 これは、聖書に記載されているアダムとイブの話に由来しています。
 アダムは、リンゴを食べることを神様から禁じられていました。ところがある日、誘惑に負けてリンゴを食べてしまったのです。
 これを神様に見つかり、リンゴをあわてて飲み込んだところ、のどにひっかかってしまいました。このリンゴが、のどぼとけになったというのです。
http://kotobank.jp/word/%E3%81%AE%E3%81%A9%E3%81%BC%E3%81%A8%E3%81%91
●丸1日、告別式でした。少々疲れました。向こうの家族(新潟)の方ともお話しできました。娘も孫も疲れたでしょう。


●今度は蝶ネクタイに替えて、気持ちを入れかえて三曲演奏会。
問題の「比良」・・・・なんとか吹きました。
途中、見失ったかと不安な箇所がありましたが・・・・練習よりはうまくいけた。
得点55点。あと少しで60点にいきます。自分では及第点。
70点80点台は曲への感情移入ができて、味わえる演奏の点だ。55点段階では吹くのが精一杯。感情に浸る余裕はない。この曲「比良」はまたやってみたい曲だ。
良い曲ですね。確かに何度の高い曲です。
宮城箏曲での師範課題曲だそうです。尺八でも一定レベルの曲でもあります。


 
●マズは「祭花第2番」でオープニング。
オープニングにふさわしい。最近では好きな曲になりました。
大甲のレは・・・・7割の確率で出ます。
会員16名、中学生3名の計19名の演奏会でした。
お客の入りはおよそ60名位。印刷したプログラム数は200枚。
私はプログラム作成、アナウンサー原稿作成、会計、事務局でした。

 
●若師匠ファミリーでの演奏・・・・「風の中で」
手前が若師匠・・・・NHK邦楽技能者育成会、尺八師範、女子大等での講師、各種演奏会出演
奥様・・・・NHK邦楽技能者育成会、中学箏曲部顧問、各種演奏会出演
長女・・・・箏のプロを目指す中学2年生。
二女・・・・小学校5年生(ケーキ屋さんをめざしている)ユニークなお子さん。
ご家族で演奏会・・・・いいですねえ・・・・
お婆ちゃんは先日亡くなりまして、今日は天国で聞いているでしょう。

●地元中学1・2年生による中学生箏曲部での演奏・・・・「ブルーレジェンド」

若師匠の奥様が顧問をしている中学の生徒さんによる演奏。
男性生徒もいる。新入部員が入部したそうだ。
ところで私も学校では尺八同好会を立ち上げたのでした。
部員数は私のクラスの生徒。入部すれば「卒業させる」とかなんとか言って拉致した10名ほど。大変でした。
文化祭での演奏も成し遂げました。毎年文化祭では師匠夫婦による「春の海」演奏を三階のピロティで演奏致しましたっけ。あの学校では大変にお世話になりました。


●アナウンスの嶋ちゃん。
山中湖合宿にも参加して頂き、すっかり慣れました箏曲者の嶋ちゃん。こころよく毎回引き受けていただいております。別の会で活躍されているのでこの会には出演されません。
区役所を退職され、旅行と箏に邁進中。還暦。
●開演前5分ブザー (13時25分) 
『本日はご多忙の中、第43回 文化祭参加
「三曲 演奏会」にご来場いただき、まことにありがとうございます。開演5分前となります。開演にあたりまして、ご来場の皆さまにご案内申し上げます。
携帯電話の電源をお切りになるかマナーモードでのご協力をお願い申し上げます。また、会場内でのご飲食はご遠慮下さい。
それでは開演まで、いましばらくお待ち下さい。』
などとアナウンサー原稿を考えまして、その通り読んで頂きました。
演奏前の幕の後ろでこれを聞いていました。言い声です。

 
●反省会と今後の三曲会の方向
無事に終わりました。片づけして・・・・市民会館の1階でお茶会。
総勢13名のコーヒーとケーキの反省会。(師匠からご祝儀をいただき、反省会をいたしました)
・会員数の減少
・会費2000円から3000円の値上げ
・今後のこの三曲会の方向も雑談で出ました。
現状では老舗である尺八会が苦肉の策で連盟という形をとって市の三曲会としてきた。
高年齢化都会員数の減少によりこの先の将来は発展しないだろう。
尺八を主とする会の名称を改名して・・・・他団体等の箏の方も入れるような会としたい。
今までは我々の尺八の会に箏の方をお願いして演奏協力して頂いた。
今度は尺八も箏も同じ会員になる構想だ。
「市三曲協会」などという名前にして、社中にとらわれず他からも入れる形にしたい。
責任者は市内に在住でないとまずい。尺八や箏の方からも公平に年会費を集める。
などのお話しをしました。さてどうなるやら・・・・

●追記
これでお正月かな・・・・まだまだ。
17日がボランティア、23日が35回記念大会民謡祭りだ。
忘年会が12月21日(土)らしい。もう忘年会のお話しじゃ。

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