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私家版・日豪の比較文化人類学 〜群れから抜け出した羊が見たもの〜

日本外交は「連携」だけ? 

2013年09月04日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

 泥沼化するシリア情勢ですが、米英仏の足並みが乱れ、
オバマ大統領も強気から一転してシリアへの武力行使を米議会に諮るという
事態になって先行が不透明になっていますね。
 
 シリア政府軍が反体制派に対して化学兵器、サリンを使用して
無差別に攻撃したことが事実なら、決して許されることではなく
国際社会の厳しい制裁、すなわち武力行使があってしかるべきです。
アメリカが国連の決議なしで独自の軍事行動に出ることの必然性・合法性など
この際問いはしません。
 
 しかし、2003年のイラクへの軍事介入の理由が
ありもしない「大量破壊兵器」というバカさ加減だったことは歴史の汚点であり、
オバマ大統領が今回決断を躊躇している大きな要因であることは
確かでしょう。
 
 いずれにしても、欧米対ロシア・中国の旧来の対立構造に
イスラム文化圏の迷走が加わって
もはや国際紛争を解決することは困難になっていることは明らかで、
それを打破して新しい枠組みを構築しなければならないと思います。
人類の英知が試されていると言っても過言ではないでしょう。
 
 ところで、こうした国際紛争など我が日本に大きな影響があると思われる時、
安倍首相はじめ岸田外相、小野寺防衛相ら関係閣僚は判で押したように
「情報を集め、関係各国と連携して対応する」と発言しますね。
 
 良く考えなくても「情報を集め、各国と連携して対応する」などということは
至極当たり前、手段・方法を述べているだけのことであり、
肝心な「何をどうするか」という点には言及せず、頬かぶりではありませんか。
 
これは「お隣さんやご近所さんのご意見を聞いてから、どうすべきか考え、
お隣さんやご近所さんのやることに同調します。皆で渡れば怖くないです」と
言っているのと同じです。
「各国との連携」とは、この場合、日本自身の確固たる考えが
欠落しているか思考・検討能力が貧弱であることに他なりません。
いわば日和見で日本外交の舵取りをしているのです。
全く恥ずかしく、うすら寒い話ではありませんか。
 
 たまに、記者会見などで具体的にどう対処するのか厳しい質問があると
これまた決まった言い方で「仮定の質問にはお答えできません」と来ます。
何もアイデアを持っていない人・政府からは、何も出てこないのです。
 
日本は独自の考えを明確に表明して、
国際社会で信頼され尊敬を集める国になるべきだと偉そうなことは言いません。
しかし、あの「連携」を幾度も耳にすると、つい悲しくなってしまうのです。

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