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尺八と横笛吹きの独り言

サプライズのあった、教職最後の日でした。 

2013年03月26日 外部ブログ記事
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●それは職員への離任の挨拶(朝8時30分)から始まりました。 

「この学校では、わずか3年間でしたがお世話になりました。本日をもって教職41年と7ヶ月に幕を閉じます。なにわともわれ4月から授業をしなくてよいので、うれしくてうれしくてしょうがないのです。(笑)
 しかし、連れ合いが申すことには「毎日、顔を会わせる」ことになるのですから嫌な顔をしていました。(笑) そこで4月からはこの体育館横にある川の橋の下に私だけ住居を移すこととなりました。(大笑) 生徒とこの橋を渡るとき「fue!元気でいるかあ?」と下を覗いて見て下さい。(大笑)。同じ進路指導部で次年度に退職予定のY主任(60才)もこの橋の下にいっしょに住む約束をしています。家庭で恵まれない方は退職後はこの橋の下で一緒に住みましょう。(大笑)。いろいろありがとうございました。(拍手)
  私の挨拶が終わり、ここで進路指導部の部員がさっと出てきました。はて・・・・?
手に手にクラッカーを持ち・・・・「パンパン」「パパーン」「パンパン」と鳴らしたではないかいな!「ウワー」
クラッカー音の鳴る中、花束と餞別金がこの主任から贈呈されました。
「ありがとうございました」
離任される方は10名ほど、お一人1〜2分のお話でした。生徒の今日の始業時間は9時登校。この後、体育館で生徒への離任の挨拶があります。
            
 
●体育館での生徒への離任の挨拶。私は機械科の非常勤教員ですのでラストから二番目の位置。
英語・英語・機械・機械・機械・工業化学・食品工業・機械・理科助手・・・・様々な学校に異動される。私が15年もお世話になった前任校に異動される先生が二人いました。
fue先生・・・・ご挨拶
「みなさんこんにちわ・・・・この学校では短い3年間でした。お世話になりありがとうございました。先生の年齢は今、65才です。本日をもって41年と7ヶ月の教員生活を終わります。
最後に一つだけ自慢して良いかなあ?・・・・」
「それは、ほとんど休まなかったことなんです。高校3年間は皆勤、小学校もほとんど休みなし、恐らく教職41年間もほとんど休まなかったと思われます」「実はこれはとても難しいことなんだよ」「当然、健康でなくてはなりません」「どうして休まないで来られたか?それはいつも向上心を持つことなんだよ。どうしたら苦手な数学が好きになるか?、どうしたら英語の点数がよくなるか?私にすれば、どうしたらすばらしい授業が出来るかだけを考えてきました。それで41年継続してきました。」
 学校に目的がなく来るのであればこんなに辛いことはありません。どうか向上心をいつも忘れずに行って下さいね。ではさようなら・・・・」
 10名ほどの先生が、2分くらいづつ話すのですが生徒はよく耐えて聞いていました。
生徒達は誰が異動するかは、この日まではわかっていません。
(職員間では2月中旬にはわかっています)
壇上に離任される先生たちが登壇すると「ええ、先生いっちゃうの・・・・」「・・・・」一様に生徒はざわつく。なかには担任途中で異動する担任先生の生徒達は・・・・一瞬・・・・静寂。
 工業高校ではほとんどが3年間持ち上がりだ。

 
●花束
左があるクラスからの生徒から、右は職員の親睦会からです。


●帰ろうと工場前を歩いていると「先生!!」。女子生徒の声。
これ皆で書いた色紙です。みて下さいね。「ええ・・・・ああありがとう」
色紙の言葉は少し「ヨイショ」があるものの、進級できなかった二人のメッセージがあったり、悪童が書いてあったり・・・・いつこんな色紙を書いたのだろう。やるねえ。
「あきらめずに面倒をみてくれた、長生きして」「見た目とは違ってやさしいオジイチャン」「1年間迷惑をかけてすみません」「先生はすごくまじめで良い人」「孫との時間を大切に、先生大好き」「チャリ入れんなよがおもしろかった」「手が短くて可愛いマスコットみたいな先生」まあ勝手にヨイショしていますが・・・・ウーンうれしもんだ。

●工場前を歩いていると遠くで野球部員が「先生!・・・・」と大きな声で呼んでいる。
部員数名がコチラを向いて頭を下げて挨拶している。「先生!!お世話になりました」
デカイ声で叫んでいた。映画のワンシーンのような・・・・教師という職業は大変だけどいいねえ・・・・

 
●ある女子生徒からの手紙。「先生これ読んでね」「ウーンわかった」
この女子生徒は実習を欠席し、その補講も欠席・・・・それも3回ほど。あきれかえって「お前の顔も見たくない」「俺はもう絶対に補講はやらない」「さようなら」とつっぱねてきました。しかし、諦めずに再度の補講お願いに頭を下げてきました。
「しょうがねえ」「それも欠席したら、わかるよね、その時は自分で学校を辞めなさい」
「わかりました」その女子生徒。
●「最後まであきらめずに面倒をみてくださったことの感謝」「先生を絶対に忘れません」「これからは何か目的をもって過ごします」
●あんねえ「あの彼氏と別れたのか?」「もう別れた」「いまは違う彼氏です」
「バカタレ」「生命力旺盛で、生活力があるなあ」(ピアノも弾けて、アニメの声優の声真似を実習中にやっていた)「オイ うるせーんだよ」「ウーンウマイ、もう一回やってみろ!」そういう会話だ。

 
●帰る時間の17時近く。
数名が進路指導室に来て、「あと10分で41年が終わりますね」
これから胴上げ秒読み・・・・いいよいいよ・・・・危ない・・・・きっと俺を胴上げして「手を離すに決まっている」(笑)
17時になりました。拍手・・・・長い間ご苦労様でした。「ありがとう」
 したらば、玄関まで送ります。私は花束とカバンをもって玄関、ぞろぞろと見送りにきた。
「ありがとうね」・・・・5〜6名が拍手・・・・副校長もたまたま通りかかり一緒に拍手。
 いつもの飲み屋で今日はしみじみ一人で飲(や)ろう。
そう思ったら、いつもの「秋元」がお休みときたもんだ。別のお店で軽く一杯。
「しみじみと、飲みました」「ウウー終わったなあ」

●さきほどの話しにあった「橋の下」とはここですぞ。

冬は寒いだろうなあ・・・・ここで耐えて生きてゆかねばならないのだよ。(笑)

 
●最後のサプライズは都山流師範の免許状が届きましたというサプライズ。
この41年の教職生活最後の日に、この免状が届くとは・・・・
卒業は次のステップのスタートなのだね。尺八修行のスタートだわ。
山号の名前は「貫山」(かんざん)となりました。
童山・慷山・弘山・豊山・貫山の希望順位でしたが??
なんと第5順位で決まった。どうも師範試験の成績といいう、山号の希望順位といい、
トップ成績で決まらないのが私。相棒は第一希望が通ったようだ。
第一希望の「童山」がはずれて、ちょい残念だが・・・・これも運命。
(支部に同名がいないはず、竹琳軒にもいないはず。審査基準がわかりません。物故者のなかに同名がいたのかも知れませんね)
しかし・・・・貫山・貫山・・・・決められてみると、座(すわ)りがよく重い字だ。
奥方も気に入ったようだ。
この山号はいいかも。どんどん気に入ってきました。
 力量のないオヤジ尺八が、あきらめずに試験合格まで3回もチャレンジしてその目的を貫いたのだから・・・・まさに「貫山」(かんざん)でいのだ。

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