メニュー

最新の記事

一覧を見る>>

テーマ

カレンダー

月別

陽だまりのねごと

大人のアスペルガー症候群が楽になる本    備瀬哲弘 著 

2012年05月31日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



大人のアスペルガー症候群が楽になる本〜本人と周りの人のためにクリエーター情報なしマキノ出版

ものすごく生き辛い息子本人が楽になるヒントでもあればと、読みだした。
楽になるヒントは私の方にあった。

帯封にも書いてある

   大人の発達障害で、もっとも悩みが深いアスペルガー症候群

その親として、共に暮らす者として、
一番の理解者であらねばならない自分が年中踏み外す。
本では
 『理解と配慮』という言葉が使ってある。
精神科医であり当事者のことが一番分かっているであろう著者が、
当事者に対してムッとするシーンが何度も出てくる。
正直、ホッとした。
聖母マリアでもなんでもないワタシ。
年中、息子と衝突する。
息子の特性を知り尽くして尚、やってしまうのだ。
精神科医も然りでるなら、凡な私がこういうテイタラクでもいいだろうと言う理論がスッと入り込む。

じゃあ〜どうしようもないじゃない?

では、終わっていない。
最後の最後に、希望が見える事例が出てきた。
とても明るい夫婦の受診風景に目からうろこ。

  特性は治らないが、必ず進歩してゆく

夫が当事者で妻が特性にイラつかず、でもして欲しい事はちゃんと告げてゆっくり直してもらっている。

我が家の事は
息子との約束で具体的に書けないが、
23歳の春、大学を卒業してから9年間、息子との二人暮らしをしている。
暮らし始めた当初は息子も私も、ものすごく辛かった。
そして今、それなりに穏やかに暮らしている。
息子の進歩は、はっきりと体感している。

そして、共に暮らすにあたって
『こうでなくっちゃいけない』をほぼ捨てた。
こうもあり、ああもあり
息子がコダワル分、私の受け入れ幅は広くなった。 もともとズボラな性格が私の中に有るのかもしれない。

それでも私が受け入れがたい事態が起こる。年中起こる。

息子は障害があるんだから、
一方的に、
私が理解して、私が歩み寄らなければ、と思い、
そうできなかった時は、後悔が襲ってくるし、自分がものすごいダメ人間に思えてきた。

この本はそういう周りの人間の反応はあって当たり前、責めなくていいと言って貰えている。
思えば、そういう庇い方は逆に、息子に失礼であるかもしれない。

 人対人

共に過ごしやすい近似値を私も要求すれば、
息子はそれなりに応えようとしてくれている事実がある。

私のイライラは息子にも伝播する。
息子のパニックは私の気分も暗くさせる。
しあわせも気持ち良さも楽しさもまた伝播するものだと気がついた。

最後に当事者が取り組むべき7つのポイント。
そして
最後の最後に周りの人が取り組むべきポイント3つ。

 アスペルガー症候群の当事者は、行動の修正に向けてチャレンジを行うべき。

そして、周囲の我らは

 継続的支援のための試行錯誤を行うことが重要

と双方向への矢印⇔が示されている。

いつか息子に言われた。

  俺は一生重荷なのか!?

私が息子を思うが故に
気負ってそんな顔と態度をしていたと言う事だ。
最近、かなり息子の努力を認めている。
1か0のアスペルガーにとって「かなり」と言う少々の曖昧さは「認めない」に含まれてしまう。
うまく言えない。

ぐちゃぐちゃしながらもその振り幅が少しづつ小さくなっている。
それは素晴らしく良い方向なんだと、
息子が読めばどう思うか分からないが、
私自身が落ち着ける内容ではあったと言っておこう。

『理解と配慮』という具体性のない美しい言葉に一歩的に支援者が縛られるのではなく

  理解し合い、配慮し合う

これは障害のあるなしに関係なく、
誰にでもあてはまる事が、
アスペルガー症候群当事者との関係にも言えるだけのことだったのだ。






 にほんブログ村
                                                           
     来られたお印にふたつクリックしていただくとうれしいです=^_^=

 

>>元の記事・続きはこちら(外部のサイトに移動します)





この記事はナビトモではコメントを受け付けておりません

PR







掲載されている画像

    もっと見る

上部へ