+++一晩で十六回昇天したのが最高記録!」と言う
女の表情がそれを裏切っていたから、当人は案外楽し
んだに違いない。
実にしょうのない女だ、怪しからん!
46.努力する女
そんな風な事がありながら、二人は仲の良い友達と
して付き合った。
半年も経った頃だったか、女は一度自分の出演する
ダンスに私を招待してくれて、いやその実、二千円の
切符を倍額で買わされたのだが、その時に初めて女の
本名を知った。
後でネットで名前を検索すると、過去に幾つかの中
小の舞台に出演していて、演劇について自分なりに正
当派の意見を発信しているのを知った。そんな世界で
一応知られた存在らしく、私は関係のウェブページを
繰りながら、若い女が水面に浮かび上がろうと努力す
るひたむきな姿に打たれた。
時々女はホテルの部屋で「特別公演よ!」と称し
て、練習中のバレエのさわりの部分を、下着姿で踊っ
て見せてくれた。マネージャの役得である。女も自分
の練習成果を見せたかったのだろう。
踊りは伸び伸びと美しかったが、素裸ならもっと素
敵なのにと、助兵衛根性で思った。
身近で舞うと普段とは別種の生き物に変身し、凛と
辺りを払う姿に私は呑まれた。軽やかに舞う姿を眺
めて、こんな風に他人へ感銘を与えた事があったろう
かと、自分の生涯を振り返ったものである。女へカマ
を掛けた:
「演劇やダンスの指導をしてくれる演出家ってどんな
人なんだいーーー?」
「Tさんという人だけど、才能のある人よーーー」
「ふうーん」
「目が細くって、外見はただのオジサン」
「次は東京で追加公演するって聞いたけれど、君も東
京まで出かけるのかい?」
「私は東京公演には参加しないわ、関西の参加だけで
充分。東京公演は芸術作品を世に広めるというより、
演出家の売名行為よ。その点では俗物ね!」
「俗物!」と吐き棄てた女の口調に、たじろいだ。
惚れた女の言葉ではないから、少なくとも演出家のオ
ジサンはパトロンではない。何となくほっとした。
当初女は、パトロンは三名がいいと言っていたが、
本当にステデイに三名居たのかそれ以上だったのか私
には判らない。私は自分が紹介した男の範囲だけ、つ
まり自分を除いてニ人しか知らなかった。
知り合う前にパトロンがゼロだったとは思えない
から、多分二人より多かったと思うが、敢えてそ
れを女に確かめなかった。知った処で状況が変わる訳
ではないし、女の魅力が減じる事もないと考えたから
なのだがーーー。
しかし本当は、パトロンの数をよう訊かなかった
り、先の演出家を気にしたりするのは、私が女に惚れ
ていたせいかも知れない。河井継(つぐ)之助で注意
されるなど、そんな遠慮の無い女の物言いが好きで、
女を一層魅力的に見せていた。
(比呂よし)
|