+++何度やっても鯉が死んだ試しが無か
ったから、結局は岩石の重さだけ無駄骨だ
った。この陰険なタチは、今の歳になって
も変わらない。そんな私の道草癖を知って
いて、真っ直ぐに帰ってこい、と母親は毎
日口うるさく言ったが、道は元々折れ曲が
っていたのである。
5.カルシウムの注射
週に一度学校の帰りに、須磨寺商店街の
中ほどにある開業医へ、寄らなければなら
なかった。体の弱かった私は、カルシウム
とビタミン入りの注射を打って貰う為で
ある。
校医にそう指示されたのか、結託した開
業医の口に騙されたのか、透明な注射薬が
てっきり子供の体を丈夫にするものと、親
はそんな迷信を信じていた。
私にすれば迷惑な話で、腕に刺される針
の痛さで毎回盛大にベソをかいた。それが
嫌さに、医院へ寄るまでの道を普段より一
層ぐずぐず道草を食って、親へ仕返しを
した。
注射薬が入った小指位の細長いアンプ
ル(=ガラス管)を紙箱から大事そうに一
本取り出し、年寄りの医者は先端を指で軽
くピンピンと弾く。医者のくせにケチで、
ひとしずくでも残すのは、もったいないと
いう精神である。
アンプルのくびれた部分にハート型をし
た石ヤスリを当ててこすった。こうして先
端部を折り取り、注射針を差し込んで中身
を吸わせる。折った拍子にガラスの破片や
ヤスリの粉が、注射薬の中に混じらないか
とひやひやしながら、私は何時も恐ろしげ
気に医者の所作を眺めた。
(つづく)
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