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タイトル 旧白洲邸 武相荘(ぶあいそう)(13景)7回に分けて紹介
投稿者 COSMOS 投稿日 2023/03/21 07:44:05
旧白洲邸 武相荘(ぶあいそう)(13景)7回に分けて紹介
説明 東京都町田市にある武相荘とは白洲次郎・正子夫妻の旧邸宅になります。(夫妻についてはコメント欄に)ここは昭和17年明治初期に建てられた農家を買い取り移住した邸宅だそうで現在、その一部がミュージアムやカフェ・レストランして一般公開されています。「武相荘」という名前は、ここが「武蔵」と「相模」の境であることから「無愛想」にかけて命名されたとか。実際に使われた日用品や愛用品の数々が残されています。

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COSMOSさん

白洲次郎(しらす じろう)は明治35年兵庫県芦屋市に生まれ、イギリスのケンブリッジ大学を卒業し、その後英字新聞記者を経て日本食糧工業(後の日本水産)取締役などを歴任し、商談などで海外に赴くことが多く駐イギリス特命全権大使であった吉田茂の面識を得たといいます。第二次世界大戦勃発時には日本の敗戦を確信し東京都町田市の古い農家を購入し、武相荘と名付け、政治や実業の一線から離れて農業に励む日々を送ったといいます。戦後連合国軍占領下の日本で吉田茂の側近として活躍し「日本は戦争に負けたがアメリカの奴隷になったわけではない」と進駐軍に食って掛かったエピソードが残っています。
妻の正子は明治43年東京都千代田区に華族の子女として生まれ幼少時より能を習い、14歳で米国留学をしたそうです。確かな審美眼と精緻な文章で日本の美を追求する作品を多数著したそうです。東奔西走する姿から、「韋駄天お正」とあだ名され読売文学賞を二度受賞しいるとか。昭和4年白洲次郎と結婚しています。

2023/03/21 07:44:24


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