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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 (三百七十六) 

2023年07月12日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 まん丸になった顔に、せり出したお腹を支えるための足も、十分にふくらんだ。鏡台のまえにたってみて、はじめておのれの醜悪なすがたかたちに気付いた。「なに、これ! あたしじゃないわ。まるで別人じゃないの! こんなのいやよ。そうよ、武蔵よ、武蔵のせいよ。大人しくしてろ、おとなしくしてろって言うからよ。そうよ、お家の中でじっとしてたから、こんなになったのよ。武蔵のせいよ、みんな。あたしのこんなぶざまな姿を見て、どうせお腹の中で馬鹿にしてたのよ。許せないわ!」その夜、小夜子の好きなアイスクリームを大事そうに持ち帰った武蔵だったが、たっぷりと小夜子にとっちめられてしまった。
 そして出産予定日を五日ほどすぎてから、陣痛がはじまった。「武蔵をよぶですって? いいわよ、べつに。仕事中でしょ、いてま」と、余裕を見せていた。「でも、奥さま。旦那さまに言われているんです。『陣痛が始まったら連絡しろ』って、出がけにおっしゃったんです。あたし、しか叱られます。こまります、それは」「いいから、いいから。陣痛といっても、ほんとかどうか分かんないだから。だって、すぐ治まったじゃないの。いまはなんともないんだし。働かせておきなさい。稼いでもらわなくっちゃね、精々」と、受けあわない小夜子だった。
 しかし夕方になったとき陣痛の間隔がせばまり、そしてまたその痛みも尋常ではなくなってきた。「千勢、千勢。産婆さん、呼んでくれた? 待って、病院に行った方がいいかしら。ねえ、武蔵は? 武蔵はまだ帰らないの? えっ! まだ四時だから会社にいる? あたしがこんなに苦しんでいるのに、会社でなにしてるのよ! 仕事? そんなのもの! 仕事とあたしと、どっちが大事なのよ! あ、痛い! 痛い! もう、だめ。あたし、このまま死んじゃうのね。なんて可哀相なんでしょ。あ、あ、痛い。痛いわ、ほんとに。あ、あ、もう子どもなんかいらない。なんとかして、千勢。千勢、タクシーを呼んで。病院に行くわ。もうだめ、病院に……」
 小夜子のことばを、笑いをこらえながらきく千勢だった。これまでに両手をつかって数えるほどの出産に立ち会っている千勢だった。いちど目は千勢の妹が産まれたときだった。はじめてのあのときは、いまの小夜子どころではなくあわてた。痛みを必死にこらえる母のことばが、いまでも耳にのこっている。なになをどうしていいかわからず、ただただ大人たちのうしろで手をあわせるだけだった。

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