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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 (二百六十一) 

2022年07月21日 外部ブログ記事
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 小夜子が去ってからの茂作は、己でも予期せぬ日々を送った。本家の心配をよそに、茂作自身も寂しさに耐え切れぬだろうと考えていたが、あにはからんや嬉々として村中を飛び回っている。繁蔵の村長出馬を受けて、繁蔵本人はもちろんのこと大婆さままでもが、茂作に頭を下げたのだ。かつては土間に座らせての対応をしていた茂作に、だ。いまでは座敷にあげて歓待する。しかも、三日と空けずに夕食だなんだと歓待する。そして村長選に向けての作戦を、茂作と共にはかっている。作戦と言っても、陳情やら相談を持ちかけてくる村人宅にでむき、村長選のことをにおわすのだ。「兄の繁蔵が役場におれば、わしも色々とやりやすくなる。むこへの連絡も、役場の電話を使えることになろうし」
 しかし実のところ、茂作の心内は穏やかではない。“あんな大正男の金に目がくらみよって。本家と言っても、こんなものか。フン。今までびくついてきたわしも、大ばか者よ”と、苦々しい思いにかられている。今夜もまた、二人の村人が訪ねてきた。「このご時世では、学のない者はろくな職につけんし。やっぱり田舎でくすぶらせてちゃ、なんとも……」「学校のせんせに、上の学校にすいせんしてやると言われとるんじゃが。なんせじじとばばをかかえちょっては、その……」「分かった、分かった。学資たら言うことじゃの? そん代わりに、分かっとると思うが、兄の繁蔵を、の」「もちろんじゃて、当たり前じゃて。今の村長は、口ばっかりじゃ。『県の方であんばいようしてくれるから、もう少し待ってくれ』の一点張りで。どうにも事がすすまん」
「二人、進学の意思あり」 ただこれだけの文面で、手紙を送った。本家の電話を使えと、大婆さまは言う。しかし武蔵に媚びへつらうような趣を感じる茂作は、それを頑として拒否した。茂作が頼み込んでいるわけではない。取り次いでいるだけなのだが、どうしても卑屈な思いがわいてしまう。それを気取られぬようにと、短文での手紙にしていた。
 そしてその手紙の返信は、すぐに武蔵から届く。「ご尊父さま。ご健勝とお見受けします。至極結構なことで、喜びにたえません。今回の進学に関しまして、いつも通り、奨学金を月払いにて用意いたします。また、入学金等一時金につきましては、別途用意いたしますのでご提示ください。それでは、お体をご自愛くださいますように」
 慇懃に書かれたその文面が、茂作には面白くない。奨学金という名目の金銭援助、いくら他人に与えることになるのか。村の子どもたちを思い浮かべると、赤子も含めてまだ七、八人が居る。いつまで続けるつもりかは茂作には分からぬけれども、相当額の金員負担になることは容易に想像できる。“それがために小夜子に不自由を強いることなど、決して許されることではないぞ” 縁側に座り、周りからおすそ分けにと持参された酒のつまみを供にしての茂作だが、どうしても武蔵を認める気にはなれない。満月の今夜、これから欠け始める月を見つめて、「ううぅむ」と、ひとり唸りつづけた。

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