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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 (二百七) 

2022年03月16日 外部ブログ記事
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 しかし床が用意された部屋に入ったとたん、正三の意識が一変した。「ぼ、ぼくは、小夜子さんひとすじ決めている」と、身体を固くした。「ほらほら。なにごとも、お勉強ですよ。すべての殿方は、みなさんお勉強をされてから事にのぞむものですよ」 芸者の言葉に真実味を感じてしまった。小夜子との初接吻。いきなりとはいえ、体が硬直してしまった。あのおりのことが、小夜子と正三との主従を決定づけたんだと考えた。呆れる芸者をしり目に、正三が脱いだ服をたたんでいく。「早くいらっしゃいな」と急かす芸者に、「明日の出勤に着ていかなければならんから」と、言い張る正三だった。「ふふふ、照れ屋さんなのね」。芸者の妖艶な声が、いま、はっきりと思いだされた。
小夜子にきつくなじられる正三――逓信省に入省以来、源之助以外にはない。皆が皆、正三にかしずいている。批難する者はいない。詰問する者などひとりとしていない。一切の言いわけに耳をかさぬ小夜子に、はじめて怒りの表情を、正三が見せた。報告書提出以来、官吏さまとしてたてられる日々を送る正三。同僚はもちろんのこと、直属の上司ですら敬語を使う。認可を求めて日参する企業の役員たちは、最敬礼をせぬばかりの態度で接してくる。年端のいかぬ正三に対して、頭を下げに来る。他の部署への陳情のおりですら、わざわざ挨拶にくる。それが、正三の後ろ盾である源之助に向けられているものだとしても、悪い気はしない。
その正三が、小夜子になじられている。しかも公衆の面前で、容赦なくなじられている。非が正三にあるとしても、少しの弁解も聞かぬ小夜子にたいし、沸々と怒りがわいてきた。“そこまで言わなくてもいいじゃないか。しょせん、酒の上でのことじゃないか。ぼくにしても、筆おろしが芸者ごときあばずれだったことは、慙愧にたえないんだ。そんなぼくに、ここまで傷口に塩をすり込まなくても……。”
小夜子は正三の言いわけを聞き入れるわけにはいかない。もしいま聞き入れてしまえば、小夜子自身がくずれてしまう。武蔵をすでに受け入れている小夜子は、正三の不実をせめる以外にない。いま罵詈雑言を浴びせつづける小夜子は、正三の心に消えることのない傷をのこすかも知れない。“こんな嫌な女なの、小夜子は……”。そして小夜子もまた、傷ついていく。
今日の小夜子との再会は、正三にとって、最悪のものだったかもしれない。人生に分岐点があるとすれば、いままさに、だ。金色夜叉物語りでは貫一がお宮を足げにするけれども、いま、正三が足げにされた。

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