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敏洋’s 昭和の恋物語り

ボク、みつけたよ! (四十) 

2022年02月13日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 吉野ヶ里遺跡公園を後にして、福岡県柳川市の昭代第一小学校へ向かいました。小学何年生だったか、低学年には違いありませんが新入生ではなかったはずです。幼稚園児だった頃に伊万里市をはなれて、それからどこに移り住んだか。柳川市? いや待て、もう一ヶ所、どこかの……そうだ! 大分県の佐伯市に入ったような……。そこで幼稚園に入る予定だったのが、今でいう引きこもりになったのか、通ったという記憶がありませんね。それじゃ、佐伯市の小学校に入学した? うーん……。新入学したのはどこの小学校だったのか、まるで記憶がない……。
 昭代第一小学校前でお店――駄菓子屋さんだと思っていたら、実際は酒屋さんでした。店の横にビール瓶やら酒瓶が山積みされていました。失礼ながら、小学校の真ん前なんですが。でも、少しばかりの文具もありましたけど。たまたまお店の前におられたおばちゃんと長話をしました。残念ながら60年も前のこととなると、当時のことはまるで知らないとのこと。仕方ないよな、お嫁入りされてきたんだから。おばちゃんの旦那さんは数年前に亡くなられたとのことで「生きていたら、ひょっとしたらねえ」と言って下さった。
「岐阜から来ました。と言ってもお分かりにならないでしょうけど」「とんでもない、知ってますって。親戚がシラカワに居ますから」白川町は、兄嫁の実家がある所なんです。もう、びっくりですよ。ただいろいろと話をしていく内におかしなことに。美濃加茂市、川辺町までは良かったのですが、どうも白川町ではなく白川郷の白川村らしいんです。おばちやんは同じ地区だと決めつけているような話しぶりでした。岐阜のことを知っていてくれるといことが嬉しくて、話を合わせてしまいましたけれど。どのくらい話し込みましたかねえ、なにしろお客さんが来ないし、それ以上に誰一人として通りませんでした。
 いま思うと、なにか買わなくちゃだめでしたね。どうもそういった世間的な常識に欠けるわたしでして、いつも「しまった」と後悔するのです。ごめんなさい、おばちゃん。そこで、この旅行記を読まれた方で、もしも昭代第一小学校近くを通られることがありましたら、是非にも何か一つお買い上げ下さいな。バカなお願いだとは分かっていますし、万に一つもあり得ないことだとは思いますが、こんな風に宣伝することで、わたしの心の痛みが少しは和らぎますので。ほんと、自己チューなわたしです。どうしてこんな自己チューなわたしが誕生したのか、それがこの旅行の目的なんです。

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