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敏洋’s 昭和の恋物語り
ボク、みつけたよ! (十五)
2021年11月13日
テーマ:テーマ無し
「おいで、ベンガルトラだよ」。「檻の中だから大丈夫さ。寝ているよ」。
何度声をかけても入ろうとはしないんです。
「抱っこしてあげるから」。そう言ってもだめでした。
みるみる涙を浮かべて、今にもこぼれそうになっていました。
ならばと、人だかりのしているライオンの檻の前に行きました。
けど、雌ライオンが寝転がっているだけなんですよね。
抱え上げて見せたものの「ねてるねえ」です。猛々しさにはほど遠くて。
裏手に回ってみると、驚いたことに雄ライオンが立っていたんです。
頑丈な檻とガラスに遮られているとはいえ、間近で観るそれは、さすがに百獣の王たる威圧感がありましたよ。
「お前は何者だ」。そう問われたような気がしました。じっとわたしを見つめているんです。
威嚇の表情をするでもなく、さりとて媚びるような風でもなく、「我に何用だ」とばかりに、わたしを凝視しているんです。
しばしの間、その目に釘付けになってしまいました。
わたしの後ろでしがみついている息子のことも忘れ、まさしく王からの風圧にさらされてたんです。
「パパ。おしっこ」。息子の声で我に返ったわたしは、王に一礼をしてからその場を去りました。
その時です、「パパは、ボクちゃんのことすき?」と言うんです。
「どうしてそんなことを聞くの」と聞き返すと
「ママがね。パパは、ボクのこと、かわいくないのかもって」と、悲しげな目をして言うんです。
「可愛いさ。ボクも妹のとも姫も大好きだよ」
喉の奥から絞り出すように口にし、必死の思いで
「今日は、パパとお出かけしてるだろ。とも姫は、お眠(ねむ)だからさ。
それにママのおっぱいをすぐに欲しがるだろ」と、弁解しました。
情けないです、ほんとに。
「よかった。ボクちゃんもヒメもかわいいんだね!」
目を輝かせて、わたしをじっと見てきました。
そのキラキラ星のような瞳は、今でも忘れられません。
「よし、肩車をしてやろう」。息子を肩に乗せました。
うっすらと滲んでくる涙を、息子に見られたくなかったんです。
なぜ涙が出てきたのか、純真な子どもを悲しませたことに罪悪感を抱いたのか。
いやそうではない。愛おしさが涙となったのだ、そう思っています。
しかしなぜ妻がそんなことを息子に言ったのか、まるで見当の付かないわたしでした。
息子が生まれた頃は仕事が忙しく、育児は任せきりにしました。
自営業だったこともあり、妻にも手伝わせていました。
孫下請けといった業態ですので、正直のところ家庭に目を向けることができませんでした。
せめて休日ぐらいはと言う妻に対し、仕事だと強弁するわたしでした。
けれど案外のところは、髪をふり乱しての子育てをしている妻から、逃げ出したのかもしれませんね。
猛省しています、今は。
そのしっぺ返しでしょうか、その後、息子から「パパ」という声かけが消え、「父ちゃん、父さん」の声かけもありません。
娘は、たまのホントにたまにの外食時には、わたしの膝に乗るか隣の席を陣取りました。
ですが、とうとう「パパ、父ちゃん、父さん」の言葉は出ませんでした。
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