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平成の虚無僧一路の日記

幕末の京都明暗寺は勤王攘夷派 

2021年05月27日 外部ブログ記事
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「虚無僧は幕府隠密だったために、明治になって廃止された」と
一般に云われているが、とんでもない。幕末、勤王に加担したため
幕府に捕らえられて、処刑されているのだ。
京都の霊山護国寺には「勤王の士」として祀られている。
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【天誅組・生野の変】明暗寺徒素行墓膳所藩士。士籍、はく奪され、京都・明暗寺で虚無僧となり素行と称し、玄堂に師事。後、但馬国・養父郡・明暗寺出張所に居住、後、生野の変で、播磨神崎郡・福崎新村で姫路藩兵に捕縛。7月六角獄で刑死。享年45案内板の【本田小太郎】は、明暗寺 素行の俗名。
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明暗寺看xx堂墓  明暗寺33世玄堂。明暗寺 素行の師。大阪に住み尺八を教えながら勤王党に参加。天誅組や生野の挙兵では虚無僧に扮し京都に密通していたが捕縛。出牢するも、慶應2年病死。享年不詳。
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