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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第一部〜 (六十一) 

2021年01月20日 外部ブログ記事
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 先日の逢瀬の折には、隣町の映画館に出かけた。
ベニス国際映画祭でグランプリを獲得した、黒澤明監督作の〔羅生門〕が上映されていると聞き込んだ小夜子の、たっての希望だった。
正三にしても興味のある映画であったが、二人を知る人間の居ないという隣町であることが嬉しかった。
更にまた、映画館という隠微な響きが、正三の心を浮かれさせている。。
「そりゃあ、何と言っても、映画さ。ぐっと近づくものだぜ。
何せ暗闇だからな。それに、立ち見が一番だ。
ぎゅうぎゅう詰めの中だろ? わかるだろうが、なあ!」
「そう、そう! 多少の接触には、目をつぶってくれるさ」
「それより何より、待ってるんじゃないのか? 
昼日中から、挑発的な態度を取る位なんだから。ひと押ししてみなよ、正三」
 友人たちの言葉が、正三の耳に響く。正三の肩を抱きしめて、耳元に囁いてくる。

「この映画、どうしても見たかったの。
この女優さん、アーシアと一緒に写真を撮らせてもらったのよ。
ほんと、綺麗だったわ」
 小夜子の目が宙を漂い、夢のようなあの日に思いを馳せた。
 アナスターシアの写真撮影が大幅に遅れてしまい、対談相手の女優が来てしまった。
普段は不機嫌さからカメラマンに対する叱責で大幅に遅れるのだが、今日に限ってはアナスターシア自らのポーズ取りが増えての遅れだった。
担当者の謝罪の言葉に、「わたくしもスチール撮影なんかあるじゃない、参考にさせてもらうわ」と、静かに受け答えた。
「でもほんとに、華奢な体つきねえ。
わたくしには、ちょっと無理なポーズもあるわね」
時間押しには慣れているはずなのだが、他人の仕事場での待機に少し焦れ始めた。

そんなときに、小夜子がお茶を運んできた。
話し相手にでもと考えた女優が「可愛いお嬢さんねえ、お幾つなの?」と声をかけ「はい。十七です」と、小夜子が答える。
「そう、十七なの。あなた、女優になる気ない? 
初めは大部屋からだけど、あなたならすぐに使って貰えるわよ。
あたくしの引きがあることが分かれば、いきなりの主役は無理でしょうけど、相手役ぐらいならねえ」
「あの、あたしが、女優ですか?」
 大衆一座の看板役者を父に持つ小夜子だ。思いもかけぬその誘いに、好奇心の虫が騒いだ。

「どう? なんなら、あたくしが口利きしてあげてもいいわよ」
 退屈紛らしの声かけだったが、次第に本気になってきた。
 思い切った言葉だと意識しつつ「そうだわ、あたくしの妹役なんてどう?」と、口にしてしまった。
早まったかしらという後悔の念が湧きはしたが、昨日のファッションショーでの出来事を耳にしていたことから、大丈夫でしょと己を納得させた。
当然に「そんな、恐れ多いことです」といった言葉が返ってくるものと思っている女優に対し、思いもかけぬ言葉が返ってきた。
「アーシアに相談してみないと」。
何と答えたのか、女優の耳には入っていない。
ただ申し訳なさそうな表情が目に入った。
マネージャーから相談してみるとのことですと耳打ちされて、即答ではないと知らされた。
訝しげに「だれ?」と聞き返した。

「はい。あそこに居るアーシアです」と、小夜子が指さした。
その指先には疲れから苛立ち気味になっているアナスターシアしかいない。
それとも少し離れた場所にいる助手の男性かと、今度は女優が指さした。
楽しげに話す小夜子が気になり、気もそぞろになったアナスターシアの顔色が変わった。
異変を察知した前田が、すかさず女優の元に駆け付けたが、「NO! NO! NO!」と、アナスターシアが声を張り上げた。

 アナスターシアの怒声とその剣幕に、意味が分からず、後ろに立つマネージャーに「どうしたの」と声をかけるが当然にマネージャーにも分からない。
前田から事情を聞いた女優は、アナスターシアに向かって軽く頭を下げた。
世界的モデルとはいえ、年下のアナスターシアだ。
自分もまた、大女優としてのプライドがある。
そのまま憤然と席を立つことも考えはしたが、映画宣伝で世話になっている雑誌記者の顔を立てての謝罪だった。
それでも、会釈程度の頭下げが、せめてものプライドだった。

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