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ウィーンの重い扉 

2019年03月31日 ナビトモブログ記事
テーマ:ウィーン

20年くらい前、毎年ウィーンを訪れていたころ、ベーゼンドルファーのお店へ時折試弾に行って居た。

当時は1時間10ドルだったので、滞在中に何度も練習に行ったりもしたのだった。

その後、ガイドブックの「地球の歩き方」にその記事が出た為か、かなり値段が上がった話は風の便りに聞こえてきた。

多分、冷やかしには来て貰いたくない、というのが理由だと思う。


今でもまだ、そのシステムは続いているかしら・・。

ベーゼンドルファーのお店は、ウィーンフィルの本拠地、楽友協会ホールと同じ建物内にある。

住所は、ベーゼンドルファー通り、だから楽器の方が歴史は古いのかも知れない。


10時にオフィスが開くのを待っていると、スタッフらしい背の高い女性がやってきた。

「此処で、ピアノの試弾というか、練習が出来る、という記憶があるのですが、今も続いていますか?」と訊ねてみた。


ピアノの種類によって、使用料金が違うらしい。

ヤマハピアノは、やや値段が低い様子だった。

ベーゼンドルファーのコンサートグランドは、一時間60ユーロ、と言うことだったので、勿論それを予約。

その夜は、ウィーンフィルのコンサートだったから、直接行けるように、オフィスが終わる時間に合わせて予約した。

5月に演奏会があるので、その楽譜は持ってきていたのだが、ウィーンの銘器を弾き始めると、やはりバッハとかモーツァルトが弾きたくなった。


ちょっと、弾きにくいピアノだった。

タッチが深い、というか、曖昧な指の使い方では御しきれない、といった感じで。

でも、70過ぎのシニアは、結構真剣になって楽器に向かった。

出てくる音色は、勿論素晴らしい。

基本的に私はスタインウェイが好きだけれど、この楽器は独特な個性があるのだ。


弾き終えて、オフィスの人と雑談風に、

「私はずっと昔、そこの国立音大で勉強したのですが、先日レッスン室を訪れたら、ベーゼンドルファーのピアノが無くて驚きました」というと、

「そうなのです。確かにスタインウェイに比べると年間の生産台数は少ないのですが(たしか、竪型のピアノも含めて4万台と言って居た)私もとても残念に思っています」

といった風な、とりとめの無い話しを・・。

彼女自身は、市立音大で勉強した、と言って居た。


そして、使用料を払うときになったら、

「国立音大で勉強された方は、半額です」

何だか、ウィーンの重い扉が、やや開いた気がした。


その後、コンサートまで一時間半くらいゆとりがあったので、インペリアル・ホテルのラウンジでお茶をする事にした。

ウィーンでも、非常に格式の高いホテルなのだが、時々此処のカフェは、友達との待ち合わせに使ったりしてたのだ。

其処には、いかにもセレブ風なマダム達が、三々五々、という感じでテーブルを囲んでいた。

私には、「旅行者?、場、間違えてない?」みたいな、排他的な空気が感じられたけれど、まぁとりあえずテーブルに落ち着いた。

寒い日だったから、又此処でもホットココアを頼んで、時間を潰したのだが。

インペリアルホテルの正面は、目抜き通りに面しているのだけれど、裏口はすぐ楽友協会ホールに面しているので、コンサートへ行く人用の、特別の入り口があるのを思い出していたのだった。


支払いを済ませて、ウェイターに、

「これから、コンサートへ行くのだけれど、此処には・・」と言っただけで、

それまでは、居丈高風だった彼が、急に溢れるばかりの笑顔になって、

「ヒャー!」と腕を広げて、ドアへいく方を指し示してくれた。

回りの空気も、急に柔らかくなった気さえした。


ピアノの生演奏をしていたおじさんも、「コンサートかい?」といった風に、ニコニコと笑いかけてくれた。

まぁ、自分の気持ちにゆとりが出た、という事かも知れないけれど・・。



でもそれは、プライドの高いウィーンの扉が、又少し開いて、ちらっと中を見せてくれた気がしたのだった。



写真は、楽友協会ホールです。



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人、の登場ですか・・。

シシーマニアさん

そうか、人が登場すれば、其処に物語が生まれるのですね。

今回は一人旅で、殆ど人と関与しなかったのですが。
でも、そういう問題では無いですね。

10日間も居たのですから、拾い上げれば何かの物語が有るはずですよね。

そういう観点で、思い出してみます。

2019/03/31 18:56:42

楽しい一文です

パトラッシュさん

一連のウィーン旅行記の中で、今回のが最も、紀行文として優れています。
(すぐに優劣を付けたがるのが、私の悪いクセなのですが)
読者の知らない世界がある。
それを垣間見られるのが、先ず楽しいです。

そしてまた、単なる事物の紹介に終わらず、そこに“人”が登場するからです。
その人物が、意外な言動を示す。
意表を突かれる作者。
そこに小さな物語があり、読者はそれを、ある種の感動と共に、
眺められるからです。

続編を楽しみにしております。

2019/03/31 17:49:38

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