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敏洋’s 昭和の恋物語り

信州・箱根での美術館巡り  第二章 ポーラ美術館〜モダン・ビューティ〜(十四)ロートレック[ムーランド・ガットレットにて] 

2016年12月26日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



今回の目玉的な、展示です。
中世における女性たちのファッションに触れたくて計画した今回の旅です。
構想中の[マリー・アントワネットに恋した男]がフランスを舞台にした作品であることから、少しでもその雰囲気に浸りたいと考えたわけです。
さてさて思惑通りに、中世おフランスに飛び込むことができますやら…。


ムーランド・ガットレットにて

暗い色調の中に、ただ一人赤いドレスを着た女性が中央に描かれている。
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
芥川龍之介が書いたと言われる[赤いドレスを着た女]が、突然に頭に浮かんできたのですよ。
未読ゆえに、ポルノまがい作品と称される所以を知らないのですが、なぜかこの絵が原典ではないのかと思えてしまいました。
勤労者階級と思える人々がたむろする酒場(?)に浮かび上がる赤いドレスの女性とは…。
絵画としてではなく、その背景に興味津々の作品です。

作品解説
トゥールーズ=ロートレックはフランス南西部アルビの名門貴族の息子として生まれた。1
878年と79年に足を骨折し、下半身の成長が止まってしまう。画家を志したロートレックは1882年、肖像画家レオン・ボナのアトリエ、続いて歴史画家フェルナン・コルモンのアトリエに入り、修業に励んだ。
1884年頃からロートレックはバーやキャバレー、ダンス・ホール、サーカスなどが建ち並ぶ歓楽街モンマルトルの一角に移り住み、夜の風俗、娼婦の生活を描くようになる。
はじめは印象派の影響を受けた作品を制作していたが、コルモンのアトリエで出会ったゴッホに教えられた浮世絵の大胆な構図、輪郭線と平面による表現を取り入れ、独自の画風を打ち立てた。
1886年に発表したポスター《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》は、ロートレックの名を不動のものにし、31点のポスターを制作している。
本作品は、ロートレックも通っていた当時人気のダンス・ホール、ムーラン・ド・ラ・ガレットの情景を描いたものである。
彼はここで、色彩の線条を重ねた彼独特の手法を用いている。
画面中央にみられる女性の姿は、《毛皮の娘、ジャンヌ・フォンテーヌ嬢》(1891年、個人蔵)と共通している。
男たちの話の輪に入らず、体をかたくして立ち尽くす彼女の姿は、少々不自然な印象を受けるが、これはおそらく本作品がムーラン・ド・ラ・ガレットで描かれたものでなく、習作を参考にしてアトリエで制作されたことを示している。
彼女の周囲にいる男性の容貌の特徴は、的確な線によって見事にとらえられている。
この鋭い人間観察と描写力は、ロートレックが優れた人物画家であったことの明確な証となろう。

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