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敏洋’s 昭和の恋物語り

[舟のない港] (五十八) 

2016年06月12日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



そして今さらながら、甘美な二人の時間が思い出された。
出世欲に燃えていた頃の己が思い出された。
高嶺の花だと手をこまねく同僚を後目に麗子を手に入れた時の優越感が思い出された。

――こんなところで立ち止まる俺じゃない。
きっと俺が活躍できる、光り輝ける場所があるはずだ。
それがどこなのかまだ分からないが、きっと見つかるはずだ。

そんな思いが、また男に芽生えた。
「この辺で、腰を落ち着けてくださいよ」
職業安定所の係員から投げかけられた言葉を思い出すと、思わず「違う、違う!」と、声に出してしまった。

男は、小さな広告会社に転がり込んだ。
社長に、事務員一人の会社だった。
なりふり構っていられる状態ではない。
今日の糧の為にもと、覚悟を決めた。

雇用保険の切れたことが、男の生活を直撃した。
十分な収入がありはした。
しかしそれはプライベートな時間を差し出しての、対価だった。

「俺は一流の人間なんだ。それなりのステイタスを身につけなきゃ」とばかりに、荒い金遣いを続けていた。
ブランド品に身を包み、食する店も名の通った老舗店に限定していた。
「健康に気を使えない男は二流だ」とばかりに、上司に紹介されたスポーツジムにも通った。

取引先への接待で必要不可欠となったゴルフ用品にも、初心者にも関わらず「本間のドライバーは最高だねえ」という会話を耳にしてすぐに購入する男だった。
「形から入らないと上達しないでしょう」とうそぶく男だった。

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