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敏洋’s 昭和の恋物語り

[舟のない港](十七) 

2016年03月21日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



麗子との付き合いは、半年ほど前からのことだ。
営業の補助役として配属された新入社員たちの中に、麗子がいた。
エキゾチックな顔立ちで、「ひょっとしてハーフか?」と噂される美女だった。
そつなく仕事をこなしはするが、公私の区別をしっかりと付ける麗子に声をかける者はいなかった。
役員の愛人だという悪意ある噂が流れ出しても、毅然とした態度をとり続けていた。

そんな中、人気のない会議室で一人泣く麗子に男が出くわした。
私物を置き忘れた男が取りに戻った折のことだった。
「誰にも言わないで‥‥」と哀願する麗子に、男の胸がときめいた。
「食事に付き合ってくれたら忘れるよ」
冗談のつもりの言葉に、麗子が頷いた。
それ以来の交際だった。

「コン、コン」
ドアをノックする音に、今ごろ誰だと、ベッドから気だるく立ち上がった。
「どなた?」 
「私よ、開けて!」とげのある声に、男は慌ててドアを開けた。
「どうしたの! 待ってたのよ、ずっと。雨はひどいし、びしょ濡れよ」
と、両肩を指さしながら憤然としていた。

男はとりあえずタオルを渡し、詫びた。
「悪かったよ、仕事が片付かなくて。一人で見てるだろうと思っていたよ。あんなに楽しみにしていたから」
「ひどいわ!」
ひと言だけ言うと、男の手からタオルをひったくり濡れた髪を拭いた。
そんな麗子のうなじが、今夜はいつにも増して艶めかしい。
淡いスタンドの灯りが洩れる中で、男は麗子の肩に手を置いた。

「悪かった、大丈夫かい」
軽いキスを受けた麗子は、男の胸を軽くこずきながら言った。
「せっかくの切符だったのに。中に入ろうかと思ったけど、私が二枚持っているし。
それに、初めての映画だし、二人で見たかったのよ」
初めて見せる拗ねた仕種が、男の欲情に火をつけた。

画期的な新商品の開発に成功したメーカーからの申し出で、海外のバイヤーとの交渉前の今、徹夜の日も多々あった。
麗子とのデートの約束を破ったのも、これで何度目だろう。
男にしても、一人の部屋に戻ると悶々としていた。
「ホントに悪かった。だけど一人で観てくれば良かったのに」と、肩を抱きながら優しく声をかけた。
「だって、今夜の映画だけは二人して見たかったの。どうせ中は、アベックばかりでしょうし、帰りも恐いし」

今夜の麗子は、いつもの麗子ではなかった。
ひょっとして、誰かにからまれたのかもしれない。
隣の市まで出かけての映画鑑賞だった。
いつものことではあるが、男のエスコートがあっての安心感だったのかもしれない。

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